AE(アナザー・エピソード)その彼女の思いを、彼は知らない
音が聞こえた。
キィンと澄んだ音だ。
何かが飛んだような風斬り音と、地面に刺さる音がする。
朦朧とした意識が少しづつ覚醒していく。
夢見心地な状態だけど、何か焦りがある。
目覚めなければならない。そんな危機感を覚える。
リエラ・アルトバイエの意識は、今、ゆっくりと覚醒を始めていた。
肩をゆすられる気配がする。
誰かが必死に語りかけて来る。そんな不思議な感覚。
不思議と、安心感はあった。
誰かは分からないが、自分を大切に思ってくれていることがなんとなく伝わってくる。
「リエラッ、リエラ早く起きてっ!」そんな声が聞こえた気がして、リエラはハッと我に返る。
起き上がったリエラが見たのは、悪鬼の形相で迫りくるチグサ。
思わず悲鳴を上げると身体が横に引っ張られた。
大上段からの一撃が空を切る。
切っ先の無い剣を思い切り振り降ろしたチグサの一撃をぎりぎりで回避したリエラは、見えない誰かに連れ去られるようにチグサから距離を取る。
何がどうなってこんなことに? 混乱した頭で必死に考える。
すると、今はチグサとの戦い中で、透明人間が一緒に闘ってくれていることを思い出す。
そして、自分は今まで、気絶していたのだ。
頭がずきずきと痛みを発している。でも、だからこそ、自分の身体が他のダメージを受けていない事を知る。
「あ、ありがとうございます」
お礼は後だ。とでも言うように立たされたリエラ。
迫りくるチグサの一撃を、今度は自分自身で回避する。
「ちょこまか逃げるなッ! 早く、早く明鏡止水になりなさいッ、なって私と勝負シロッ!」
とことどころ狂気が見え隠れし始めているチグサさん。
もう、憤怒に振り回されてるのはどう見ても明白です。
正気ではないことは誰の目にも明らかだ。
巻き込むような胴への一撃。
アルセソード改を引き抜きなんとか受け止めるリエラだが、その力量差で跳ね飛ばされたアルセソード改が石畳を転がって行く。
「そんなっ!?」
「ぬるいッ! 今のあんたじゃ話にならないッ! 全力を出せ! 私を圧倒して見せろ! コロサレタイカッ!」
「そ、そう言われてもッ」
戸惑いながらも自分にプレッシャーを掛けていくリエラ。
しかし、無理だ。明鏡止水へと至る線が繋がらない。
体内にあるのだ、明鏡止水のスイッチがあるのは分かっている。
ある一定の負荷が掛かれば自動で切り変わるのもわかる。
でも自分にそれは出来ない。出来るはずがない。
致命的一撃が放たれる。
絶対避け切れない一撃に焦るリエラ。
その前方に出現する柩がチグサの一撃を阻む。
守られている。
それが嫌でもわかった。
自分が不甲斐ないから、透明人間さんが必死に闘ってくれている。
救われてばかりだった。
最初の出会いも、分かっている。普通のアルセイデスが空を飛ぶ訳がない。
あの時、自分の絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、アルセを抱えていただろう、この姿の見えない誰かなのだ。
思い出す。ああ、そうだあの時も。
アンブロシアの木に全滅させられそうになった時、にっちゃんを連れてきたのは彼だった。
水晶勇者の墓で落下トラップに巻き込まれた時も、彼が身体を引っ張った御蔭で、クリオイーターに喰われること無く無事に逃げられた。
墓の中に居たボスキャラもそうだ。
彼が最後に残っていてくれたから、パーティーが全滅する事無く生存している。
思い返せば、この透明人間には助けられてばかりなのだ。
確かに、胸を触られたり、恥ずかしい姿を見られたりは何度もあるけれど、それでも……頼りにしてしまう。
今もまた、自分の危機を救ってくれている。
ありがとう。
感謝してもしきれない見えない誰かに、リエラは本当に感謝している。
他の女性と楽しげにしていると、なんとなく胸がチクチクする程には、意識している。
守られたままではいられない。
重圧も凄いけど、これだけ守られているのに、恩を返してもいない自分が、自分だけがチグサの猛攻を前に敗北を考えるなど、あってはならない。
「勝たなきゃ。絶対に」
ゴールドダガーを引き抜く。
明鏡止水には至れない。
それでも、出来ることはあるし、やらなければならないのだ。
自分だって弱いままじゃない。
思い出せリエラ。葛餅との戦いを、自分自身にやられた闘いを。今までの自分が手に入れた全ての経験を。
意識を集中する。
すると、何故だろう。不規則に動き、猛攻を加えて来るチグサの動きが、何故か判った。
単調なのだ。
突撃して、一合、二合。バックステップして距離を取り、サイドステップで揺さぶりを掛け、再び剣を手にして突撃。その繰り返しだ。
相手の動きが分かるなら、今の自分でも……出来る!!
両手で持ったゴールドダガーに力を入れる。
始めよう。村人の、新人だったリエラはもう、過去だ。ここからは勇者を倒し、冒険に出よう。守られたままの自分はもう、終わろう。
「幻影……斬華!!」




