その状態が明鏡止水じゃないことを、彼女は知らない
会場入りしたチグサさん、なんかもう本当にラスボス感しかありません。
何この人、一体どうやったらここまで怒りを溜めこめるの?
吐く息が暗黒を纏っているような程に全身に黒い靄を纏っている気がする。
これ、絶対に健康に悪い闘気とかだと思います。
「ち、チグサさん……」
リエラにも見えているのだろう。瘴気ともいうべきチグサの周囲に色濃く吹き出た闇のオーラが。
まさに異世界感溢れる状況だった。
チグサにまとわりつく闇色のそれが彼女の怒りの度合いを露わしているようでリエラの顔がさらに青くなる。
「そ、それでは、試合、開始!」
良し、それじゃあ柩の盾と桜吹雪で……
「はぁっ!!」
開始直後、一気に踏み込むチグサ。
僕の横を通り過ぎ、リエラに面を打ち込んだ。
当然、リエラが反応できるはずもない。
頭に一撃喰らったリエラはその場に倒れていく。
「さぁ! 私を楽しませなさいリエラッ!」
いや、待ってチグサさん、今の一撃でリエラ気絶してるっ!?
さすがにこれはヤバいですよ!?
リエラ、リエラ起きてっ! ここで気絶したらチグサさんの怒りが天元突破しちゃうからっ。じゃなかった天上突破しちゃうからっ。
「……リエラ?」
「えーっと、もしかして今のでリエラさん気絶? しょ、勝者チ……」
「黙ってろッ!!」
普通に仕事しようとしたウサミミお姉さんを一喝し、チグサが叫ぶ。
「立て! 立てリエラ! これで終わりじゃないでしょッ、こんなので貴方が終わる訳がないでしょう!」
ああもう、どうするかっていえばもう、こうするしかないよね?
気絶したリエラの身体を揺さぶるチグサ。そんな彼女に歩み寄った僕は、リエラの拳を引っ掴んでチグサの鼻面に打ち込む。
大した威力ではないので鼻血をだす程ではなかったが、気絶してるはずのリエラから一撃を貰ったのが驚きだったらしい。
リエラを放してバックステップ。慌てて距離を取るチグサは、自分の鼻元に手をやり確認する。
そんなチグサへと、何処からともなく放たれる丁髷砲。
突然予想外の方向からの攻撃に、驚きながらも避けるチグサ。
そんな彼女に名刀桜吹雪の一撃が襲いかかる。
「な、何コレ!?」
剣で受け止めると、誰かが握ってしっかりと斬りかかっている重さが伝わる。
リエラ? と彼女を見るが、会場の一角で倒れたままになっている……否、座り込んでいる。
俯いているので表情は見えないが、何故だろう、チグサには不気味に映った。
「え、えーっと、これ、どうなってるんですか!? リエラ選手、気絶してます!? 起きてます!? 気絶してるなら応えてくださいっ」
ウサミミお姉さんが混乱してます。気絶してたら答えられないよね?
反応する代わりに丁髷砲を打ってチグサの注意をリエラから逸らす。
技術はないんだけど、姿が見えないのとヒットアンドアウェイ。武器をポシェットにしまう御蔭でチグサから僕の居場所を見当付けさせずに翻弄する事が出来ている。
問題はまぐれ当りが怖いことだ。
「そこかリエラッ!!」
醜悪な顔で見つけた。と僕に斬りかかるチグサ。気付かれた!?
柩を取り出し壁にする。
ぎいぃんと柩に思い切り当ったチグサの剣が折れ飛んだ。
「か、会場に突然柩が出現したぁ!? な、何が起こってるんですかァ!?」
リエラは相変わらず座ったまま動かない。なのにチグサが誰かと闘っている。
まるで、リエラが幽体離脱でもして襲っているかのような状況に、観客達もリエラのスキルか何かなのだろうと納得して思い思いの対戦者を応援し始める。
柩は直ぐに回収。しかし、今ので完全にチグサが気付いた。見えないけど、この会場で自分を襲う誰かがいる。そしてそれは、対戦者以外に居ないはずなのだ。
だから、彼女はリエラのスキルだと勘違いする。
「ふふ、ようやく、ようやく全力で戦えるのね。覚悟しなさいリエラッ!!」
楽しげに告げるチグサ。お願いなので怪我はさせないでください。僕致命傷とか喰らったらもう動けませんから。
折れた剣のまま突撃してくるチグサ。その表情は悪鬼も逃げ出しそうな表情だ。これは軽くトラウマになる。
「クタバレリエラッ」
まるで短刀を突き刺すような突撃。僕は思わずポシェットから潜鯛船長の死骸と取り出す。
ああっ、おっさんがぁっ!?
突然現れたおっさんが刺されたっ!?
意味不明な光景にウサミミお姉さんがどうしたらいいのか戸惑い浮かべて大会運営本部をチラ見する。
その運営本部に居る人は、なぜかいい笑顔で親指を立てていた。
が・ん・ば・れ。運営本部からの応援に涙目になるお姉さん。うん、まぁ、なんか大変そうだけど頑張って。SAN値とやらだけは全損しないように気を付けてください。バグっても知りませんよ。
潜鯛船長をポシェットにしまい、丁髷砲で牽制。
と、ようやくリエラが意識を取り戻したらしい。
ぴくりと動くリエラに気付き、僕は一度リエラのもとへと戻るのだった。




