その何も出来ずに試合が始まる瞬間を、彼女は知りたくなかった
「うーん。やはりプレッシャー掛けまくるのが一番か?」
「無理です。今もかなりかかってますよ私。むしろこれ以上掛けられたら……ストレスで死ぬかも」
「参ったわね。これだとリエラが瞬殺されて終わりになるわ」
「一応、即死級の一撃喰らったらぁリエラさん強制退場ですけどぉ、チグサさんは戻りませんよぉ?」
「るー」
「とー」
「おー」
はいはい、魔物組はこっちで見守っとこうね。声掛けてもリエラには理解できないから。
ほら、ルクルはカレーを引っ込めて。アルセはポシェットから何か取り出すの止めなさい。
とりあえず困ってる人に何かあげようっていうのはダメです。どっかのパンで出来た正義の味方じゃないんだから。って、しかもそれ結婚指輪じゃないか。嵌めた人は渡した人に隷属……しまってっ! リエラが気付く前にしまいなさいアルセっ。それは僕んだ!
アルセから即座にひったくった僕は指輪をポシェットにしまう。
幸いリエラが気付く前だったので助かった。
気付かれたらどさくさまぎれに僕が持ってること気付かれるところだ。また回収されてしまう。
あ、しまったアルセに構っててマリナ止めれな……ぎゃあルグスさぁん!?
マリナが頑張れ! とばかりにドロップキック。身を呈して守ったルグスの背骨がまた折れた。
マリナの奴またレベルアップしたんじゃないか?
おろおろするマリナはとりあえず倒れたルグスに御免なさいのドロップキック。トドメ刺してません?
レーニャが巻き添え食ってぶちゃっと潰れていた。可哀想に。
そしてスライムのように集まってせり上がるレーニャ。
だからそのてぃってぃりー。って魔法陣から浮かび上がるような再生方法は何か意味あるのかレーニャ?
「プレッシャー……自分自身にプレッシャー。明鏡止水に入らなきゃ明鏡止水に入らなきゃ明鏡止水に入らなきゃ……」
リエラがなんだか壊れそうなんですけど、どうしたらいいですか?
僕は隣に居たアカネに視線を向ける。
我知らず。といったアカネは直ぐ横に居るパルティに視線を向けている。
心配そうに見つめるパルティはできるなら変わってあげたいって顔してるけど、無理だからもう祈るしかないらしい。
頑張ってリエラさん。と小さく呟いていた。
ケトルさんはさっき出て行った。多分チグサの方に向ったんだろう。
「リエラ選手、そろそろ試合を始めます」
「ひゃ、ひゃい……」
青い顔のまま、ふらふらと会場入りするリエラ。
大丈夫リエラ? これ、ヤバくない?
「ちょっと、エロバグ」
アカネが小さく耳打ちしてくる。他のメンバーが気付いてないのは幸いかな。
それで、何でしょう?
「最悪の場合、あんた助けたげなさい。バグ打ち込んででも……」
マジで!?
どうやらまた神様からの電波を受け取ったらしい。
このリエラとの戦い次第で神様が介入しようとしているらしい。
そこまで危険なのかチグサの状態。
彼女の場合、異世界人であることと、七大罪、そして僕の近くに居たせいでバグりだした。という三つの要素が混ざり合う事で爆発的な致命バグになる恐れがあるんだと。
可能性は低いが、僕がバグるより高い可能性のため、神様は事前にチグサを消すことにしたらしい。
異世界に強制送還させるにも、バグった存在を送り返すのは神様同士のなんかいざこざに発展するとかなんとか。
しかたないので、ここで面倒を見るしかないんだと。
つまり、リエラで止めきれなかった場合、チグサを仕留めるのは僕のバグか、全裸になったアカネによるバグ消去か……
全く、なんでこんな事になったんだ。
「あんたが頼りなんだから、なんとか尻ぬぐいして来なさいエロバグ。ただし、決してエロいことすんじゃないわよ。もしもそんなことしたら……その棒引っこ抜くわよ」
ひぃっ!? せ、セクハラですアカネさん。いえ、その、何でもありません。
いえ、何の棒かなんてわかりませんが。理解とかしてませんが。怖い。これは絶対失敗できないぞ。
両手で頬を張って、僕もまたリエラの後ろから選手入場口をくぐって行く。
会場入りしたリエラが壇上に立つ。
もはや熱狂出来ればそれでいい。といった観客たちの歓声を受けたリエラは土気色で震えている。
そんなリエラの肩を叩いてやる。
前回は一緒に闘えなかったけど、今回は頑張ろう。僕、なんとか君を守るよリエラ。
「と、透明人間さんっ!? わ、私、どうしたら……」
泣きそうなリエラはおろおろとしている。本当に、いつまで経ってもこんな感じだねリエラ。
「さぁ、ついに実現しました因縁対決! どこの誰かは存じませんが、予選落ちしてしまった悲劇の少女、マイネフラン王国で楽師の聖女という二つ名を受け取った奇跡の村人、リエラ・アルトバイエ! 対するは、そんな村人に圧倒的な敗北を刻まれ、地に塗れたフィグナートの勇者、今日こそはその雪辱を雪ぐことができるのか!? チグサ・オギシマ、堂々の入場です!」
殺意の塊を纏ったまま、その勇者様は現れた。……アレ、どう見てもラスボスじゃないですか?




