その勇者の成長率を、僕らは知らなかった
カインが爆発的な成長を始めています。
何このチート存在?
明鏡止水とか、リエラのを見てただけでそのスキルの極致に達するとか。
ラーニング? 目で見て覚える明鏡止水とか?
まさに圧倒。
先程まで互角だったはずのカインと龍華だったが、今はカインが押していた。
無数の連撃を防御に回り受ける龍華だが、避け損ねの攻撃が彼女の身体を切り刻む。
血飛沫が舞い、その傷が即座に治って行く。
ダメージらしいダメージはすぐ回復しているので入っていないようだが、完全にカイン有利になっている。
真剣な表情の龍華も心無し余裕が消えたようにも思える。
それでも、龍華を倒し切れない。
肩を切り裂き、足を切り飛ばし、腕を落としても、
少しすれば治ってしまう龍華を削り倒すのは不可能に近いだろう。
カインもさすがにこれでは無理だと気付いて一度下がる。
インターバルを置き、再度突撃と呼吸を整えたカイン。
だが、休息は取るべきじゃなかった。
龍華の気配も変わる。
今までの真剣な空気の中、殺意がビシビシと飛び交い始める。
本気になった。カインも感じたこの気配に、知らず身体がゾクリと震えた。
乾いた笑みを浮かべつつも、どこか嬉しそうなカインに、腰を落とした龍華はゆっくりと息を吐きだす。
そんな彼女だが、何処となくカイン同様楽しげに顔を歪めている。
「ふふ、この感覚は久々だな。勇者カイン。礼を言う。実に何千年振りに本気を出せる」
「おいおい、まだ全力じゃなかったのかよ……?」
「次で決めよう、我が、狂戦士兵法の真髄を見せてやる!」
「ステータスハイブースト、亜光速突破、万迅連牙斬ッ!」
再びスキルを重ねがけするカイン。
突撃する彼に対し、龍華もまた、動き出す。
「行くぞ……逆鱗乱舞!」
刹那、僕は彼女の瞳に龍を見た。青き強烈な殺意を見せる神威の象徴。
そして消え去る龍華、カインもその姿が捉えられないほどに加速し、二人が見えない場所で激突した。
やっべぇ、これ、漫画とかテレビで見たことあるよ。
見えないのに空気が振動し、音が発せられる。そこかしこでバシバシカンキンドゴンバガンと忙しなく激闘の音だけが響き渡る。
二人の動きを捉えられているのは……多分直ぐ横で観戦中の勇者手塚くらいじゃないかな?
皆二人の姿は捉えられないけどなんかいろんな場所で音が鳴ってそっちに視線を向けるような状態。
既に音が出た場所には二人はおらず、何も無い空間で音だけが鳴り響くという怪現象が続いている。
だが、ソレは唐突に終わりを告げた。
会場の中央、そこで鎌を振り上げた龍華と、真上に吹き飛ばされたカインが出現した。
カインは既に血塗れだ。四肢もだらんと力無く垂れ、手に持っていたはずのアルセソード改が見当たらない。
意識もあるのかどうか、真上を向いた彼の顔がここからは見えない。
そんなカインに、迷うことなく飛び上がった龍華のダメ押し。
鎌を振り被ったその刹那、なぜか龍華の右斜め上、斜め下、左斜め上、斜め下と、順番に逆・鱗・乱・舞の白文字がバン、バン、バン、バン! と浮き出た気がした。
鎌による無数の剣閃が走りカインに襲いかかる。
が、カインも直ぐに意識を取り戻したのかその全てをアルセソードを引き抜き何とか受ける。
しかし、アルセソード改ではなかったせいか途中で剣が折れた。
最後の一撃だけを受けきれず、真下に向けて叩きつけられる。
勝者と敗者が確定した。
カインを沈めて地面に降りた立った龍華が油断なくカインを見据える。
そんな光景を呆然と見ていた観客だったが、はっとウサミミお姉さんが気付いた。
「しょ、勝者り……」
だが、勝利宣言は観客たちの歓声に掻き消された。
なんとカインが立ち上がったのである。
既に満身創痍になりながらも、しっかりと自分の足で立ち、龍華を見つめる。その視線は、まだ死んでない。諦める気配を見せないカインに、龍華も再度腰を沈めて警戒する。
今までのカインならば、多分今のでノックダウン。再び立ち上がることはなかっただろう。
しかし、彼を求める人がいた。
救ってほしいと、あなたに賭けると、願った女が待っていた。
絶対に負ける訳にはいかない状況。刀折れ矢尽きた状態でもまだ立ち向う勇気ある者。
敵が巨大であればある程に、彼は再び立ち上がる。
「貴女の為の……英雄譚」
息も絶え絶え、身体は既に死にかけで、それでも彼は身体を動かす。
龍華という絶対的強者が前に立つその戦場で、彼女を救うには自分だけしかおらず、絶対に負けられない闘いだからこそ。
カインの腕に現れるのは光の剣。
鋭くも優しい光を放つその剣は、魔法とはまた違った彼自身の命とも呼べる何かで形作られし勇者の剣。
選ばれし勇者だけが手にする、全てを失わないための秘匿の剣。
ソレを使う時、勇者は全てを掛けて相手を倒す。まさに一人の女のためにある勇者の剣である。
「ステータスメガブースト……光速突破……億閃……貫牙斬ッ!!」
「逆鱗乱舞ッ!」
カインの脅威を感じたらしい龍華は迷うことなく追撃を始める。
まさに最後の闘いが、始まった。




