その選手が来なかった理由を僕ら以外知らない
「休憩終了ーっ。さぁ、宴もタケナワ、Dブロックを始めます! 後四試合、皆さん最後までお付き合いくださーいっ」
ウサミミお姉さんが空元気で声を張る。
減俸が響いているらしい。可哀想に、心ここにあらずといった顔をしている。
ちなみに、本日は数が多かったのでこのDブロックの四試合が終われば終了。
明日の朝から昼の間に第二回戦を行い、昼からベストエイトの闘いが行われる。その後は決勝までノンストップだ。
「Dブロック第一試合! メドヴィン VS コーデリア!」
ん? んん? メド……ヴィン?
会場に、コーデリアさんだろう。なんかリエラみたいにおどおどとした女の人がやってくる。
「コーデリアさんはつい先日、女騎士試験に合格し、王国の盾となるべくただいま邁進中の新人! 見習いであるとはいえここまでやって来た実力は本物だぁっ」
槍を構えて闘技場中央にやって来たコーデリアさん。場違いなところに来ちゃったなぁ。といった様子で青い顔をしている。
まさに全国民の前で音楽を披露する事になったリエラみたいな状況だ。
「そして自称最強の魔法使い、メドヴィン! バトルロイヤルでは派手な爆発魔法で魅せてくれました! 魔法使い対騎士見習いの闘い、さぁご覧あれ! 試合……あれ?」
熱く語っていたウサミミさん、対戦者であるはずのメドヴィンがやって来ないことに気付いて言葉を止めた。
「えーっと、メドヴィンさん?」
心配そうに告げるウサミミさんに、係員の一人が走り寄る。
小声で何事かを告げると、ウサミミさんの耳がしょげかえった。
深い溜息を吐いて、きっと顔を上げる。
「Dブロック第一試合、メドヴィン選手棄権につきコーデリア選手の不戦勝とさせていただきます
!」
怒号が飛び交った。
戸惑うコーデリアの目の前に生卵が飛んで来る。
二人の闘いを心待ちにしていたのだろう、観客が暴徒化しそうです。
闘技場内に投げ込まれる様々な物。ちょっと、誰だパンツ投げ込んだの!?
ウサミミさんに促され、慌てて戻っていくコーデリアさんが可哀想だった。彼女のせいじゃないのに。
というかメドヴィンさんはなんで棄権したんだよ。ダメだろここまで勝ち進んだのに棄権と……あ。
刹那、僕の全身を脂汗が伝った。
メドヴィン。その名を、ついさっき聞いた気がします。
おもらし男二人に医務室へと運ばれた気絶男。
個室から幽霊の如く現れたルクルにより気絶してしまい漏らした男の名。
えーっと、この試合結果が起こったのってもしかして、いや、うん。アレは同姓同名だったんだ。僕は知らない。僕のせいじゃない。そもそも僕はメドヴィンさんなんて人にあってない。
そうだ。そういう事にしよう。誰も見てなかったんだし、僕があそこに居たことは誰も証明できないしね。このことは僕の胸の内にしまっておくよ。永遠に。
大会は、数分間中止になった。続けて次の試合をやる予定だった大会運営者だが、予想以上に会場内に投げ込まれたものが多かったので、その掃除のせいで中断せざるをえなかったのである。
思わずモノを投げ込んでしまった観客たちも、自分たちのせいで次の試合が出来なくなったので大人しく待っていた。有志で大会関係者に混じって闘技場掃除し始めた人もいたくらいだ。
「ふはぁ。私ちょっとトイレ行ってきます」
「あら。だったら私も行くわ」
もうしばらく会場が使えないので、リエラとネッテが連れだって……ついでにルルリカも一緒に席を立つ。
あ、パルティもご一緒ですか?
「しっかし、折角の本戦出場なのに不戦敗とかって、どんだけヘタレなのよ。大方吹聴した自分の実力がバレるのが嫌だったんでしょうね」
好き勝手言ってるアカネさん。いえ、あの、そんな悪く言ったげないで。メドヴィンさんに罪はないよ。うん。僕はメドヴィンさんなんて知らないけどね。
きっとやむにやまれぬ事情があったんだよ。
医務室で未だに気絶しているだろう男に合掌して、僕は膝に座ったアルセを見る。
ちょこんと座ったアルセは頭の上の花がくねくねと踊っている以外は変化はない。
待ってる間暇になるかと思ったけど、むしろ会場でゴミ拾いする係員さんたちを見てるだけで楽しいみたいだ。
どこが楽しいのかはわからないけど、暇を持て余してないなら大丈夫か。
「ふむ。最強の魔法使いとやらの実力、見てみたかったのだがな……」
「ルグスに比べりゃ現代の魔術師なんざ雑魚の部類だろ」
カインの言葉に成る程。と納得するルグス。でもあんた、大したことなく敗北してますからっ。
とにかくルグスは前口上と命中率を直した方がいいと思うんだ。大火力持ってるのに勿体無さすぎる。
そうこうしている内に、ようやく試合会場が片付いたみたいだ。
中央にウサミミさんがやって来て「お待たせしましたーっ」と告げていた。




