プロローグ・この危機に陥った切っ掛けを、僕は知りたくない
僕の目の前で、戦闘が行われていた。
軽い胸当てに肩パッド。ロングソードを手にした男に、無数の狼のような生物が突撃していく。
彼ら狼モドキの一撃一撃を剣で捌く男の顔には余裕がない。
それだけに、突進の一撃が重いことが容易に想像できた。
「コ・ルラ!」
ピンクの髪の女性が、力ある言葉を紡ぐ。
掲げた杖から流れ出す冷気が狼モドキの身体を包む。
ようやく一体、行動不能になったようだ。
足元を凍らされた狼モドキが身を捩るが、両手足が凍りついて動けない。
「リエラッ!」
なんとか戦力を減らせた。と思った次の瞬間、男の隙を付いて脇をくぐり抜ける狼モドキ。
その視線の先にはレザーメイルを着た少女。
少女は男に言われるままに、腰に佩いていた剣に手を掛ける。
恐怖で震える足のまま、飛びかかって来た狼モドキ目掛けて剣を振り抜いた。
さすがに怖かったのか目を瞑っている。
しかし、それで十分だった。
狼モドキは自分からリエラに近づいていたため、緑色に輝く刃により真っ二つに切り裂かれる。
緑の刃から零れる血糊が嫌に綺麗だった。
って、見惚れてる場合じゃない。皆気付いてないぞ。背後に回られてる!
背後から三体の狼モドキが近づいていた。
いち早く僕が気付けたからよかったが、完全な奇襲である。
一番近いのは……アルセ!?
「リエラッ、こっち! アルセがっ!」
僕は叫ぶ。しかしリエラは気付かない。
いや、気付けるはずはなかった。
何せ僕は……
そうこうするうちに狼モドキが緑の少女へと飛びかかる。
蔦で局部を申し訳程度に隠しただけの少女。
彼女の身体は緑色で出来ていて、頭の上には四つ葉が風で揺れていた。
「アルセッ!?」
僕の次に気付いたのはリエラ。ではなくネッテだった。
ネッテはピンクのポニーテールの女性。先程氷の魔法を放った人物だ。
彼女が気付いたのは、今、まさにアルセという名の緑色の肌を持ち頭上に四葉を生やした少女に、狼モドキが喰いつかんとしている場面だった。
彼女は気付けたが、遅い。遅すぎた。
狼モドキのアギトがアルセに襲い掛かる。
その刹那。
アルセの能力、マーブル・アイヴィが発動する。
地中から突如急成長した大理石をも破壊する蔦が、主人を襲った狼モドキを絡め取る。
その間わずか0・2秒。
瞬きの間に狼モドキは全く身動きできない状態になっていた。
さらに走り込んで来た狼モドキに、巨大なシミターが襲い掛かる。
丁度アルセに襲いかかろうと飛び上がったところに射線上を塞ぐようにやってきたシミターを彼は避ける事などできなかった。
その瞳はシミターを持つ右目に刀傷を持つ豚人間を睨む。
しかし次の瞬間、ブヒッと鼻息と共にシミターが振り抜かれた。
狼モドキの身体が二つに裂かれる。
残った狼モドキは不利と悟って標的を変更。アルセに視線を向けていたリエラへと駆けだした。
「リエラ逃げろッ!」
僕は思わず叫ぶ。でも、彼女は気付かない。
気付く訳がない。
だって僕は、彼らには見えない存在だから。
誰も僕には気付かない。声すら聞こえない。
僕はこの世界では異物なのだ。存在するはずのない人間なんだ。
僕は、この世界では透明人間なのだから――




