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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二話 その武闘大会の優勝者を僕は知りたくなかった
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そのモブたちの熱い思いを誰も知りたくなかった

「アルセの奴、勝ったわね……」


 汗を流しつつ、ネッテが告げる。

 順当にいけば、準決勝でカインと激突することになるだろう。

 ランス王子健在だった場合はルルリカの危機だけじゃなく婚約解消の危機まででてくるのだ。これはネッテとしても危機感を募らせずにはいられない。


 何しろ、今までずっと近くで見ていたアルセなのだ。

 あのダークホースにカインが勝てるかどうかといえば、分からないとしかいいようがない。

 何しろアルセが直で闘ったのは今まで殆どないのだから。

 強いのかどうかすらわからない。カインと闘った場合、カインだって負けることも……といっても、アルセがお祭り感覚で楽しんでるからそこまで残るかわかんないけどさ。


 他の敵にカインが負けるとか、アルセが負けるとかは、考えてないんだろうなネッテ。思考が麻痺するくらいには焦っているようだ。

 しかし、次の試合でアルセの進出は絶望的だと感じざるをえなくなった。


「Aブロック第二試合、ルクル VS シホウテヅカぁ! な、ななな、なんと、この手塚さん異世界から来た勇者様なのだそうです。これはまた初手から物凄い人物の登場だぁ!」


 ウサミミお姉さんがノリノリです。マイクっぽいの片手に拳を握る様子はちょっと引きます。


「対するはアルセ護衛騎士団期待の新人偽人、ルクル! なんとコルッカのカイヘイ洞窟に出没するクルー・ク・ルーがこのコイントス武闘大会に殴り込みを駆けて来たぞー! ナニよ? 今回、魔物勢が本選出場しまくってるじゃない。どうした人間! お前達の力はその程度かーっ!」


 乗り過ぎて周りを敵に回したお姉さんの図。あー、野次馬たちから罵声が……

 大会開催者の方から、ちょっと君こっちおいで。とばかりに呼ばれたお姉さんがなんか怒られてます。

 というか、司会っ、司会進行止めちゃってるけどいいんですか!?


「き、気を取り直しまして、第二試合、開始――――っ!!」


 よろよろと気力をごっそり削られたウサミミお姉さんが力なく声を張り上げる。

 あー。可哀想に。

 あれは減給でもされちゃったかな?


 開始の合図と共にカレーライスを構えるルクル。

 対する勇者様は豪奢な剣を床に刺してルクルを見る。


「よぉ。メリエの知り合いの一人だろ? 悪りぃが勝たせて貰うぜ? 優勝賞品に目的の品があるんでね」


 しかしルクルは答えない。というか、彼女って喋れるのか?


「るーっ」


 あ、一応鳴き声あるんだね。声可愛いっ。

 鳴き声と共にカレーライスを投げる。

 剣を床から引き抜きさっとサイドステップする勇者様はそのまま直進してルクルへと突っ込む。

 彼女の直ぐ横をカレーライスが飛んで行き床にカレーがブチ撒かれた。ああっ。勿体無いっ!


「攻撃で相手を殺さない結界があるってのはいいよな。手加減無く攻撃できる!」


 物凄い速度で振り抜かれる剣。ルクルは完全に反応できてない。

 一撃で終わるか? 思った次の瞬間、カウンターとばかりに勇者の顔面にカレーライスが襲いかかった。

 剣を腹に喰らって吹き飛ばされるルクル。そのまま場外の土に激突して動かなくなった。


「し、勝者シホウテヅカ!」


 まさに圧巻の一撃だった。

 締まらないのは勝利したはずの手塚の顔面にべったりと張り付いたお皿のせいだろうか?

 未だに彼女の顔から剥がれることなくカレーライス共々べったりとくっついている。

 剣を振り抜いたままの体勢で動かない手塚に、ウサミミお姉さんは恐る恐る近づいて行く。


「あ、あの、手塚選手? しょ、勝利しましたけど……」


 ウサミミお姉さんの手が肩に触れるその瞬間、ぼたりと皿とカレーライスの一部が落下した。


「ぶっ殺すッ!」


 憤怒に支配された勇者様の顔にひっと声を漏らすウサミミお姉さん。何で私こんな所に居るんだろう。という後悔の念が僕にまで届くほどだった。可哀想に。

 勇者様は勇者とは思えないほどの罵声をルクルに浴びせつつ退場していった。その後、ルクルが担架っぽいので運ばれて行くが、途中で気付いて自分で歩きだした。気落ちしてるのは負けたのを理解したからかな?


 第三試合はモブ男君とモブ彦君である。正直本当にモブ顔過ぎてどっちがどっちか分からない程だった。

 見る程の事も無いだろう。皆もそんな思いだったに違いない。


「モブ男兄さん、僕は今日、あなたを越える!」


「お前がこの試合に出ると気付いた時、こうなることは分かっていたよモブ彦。良いだろう、兄を越えて見ろ!」


 そんな感じから始まった何か無駄に熱い兄弟対決。

 戻って来たルクルに勧められるままにカレーを食べながら観戦する事にした。

 その戦闘内容は、確かに拙かった。しかし、拙いながらも熱い戦いだったと僕は言おう。

 まるで熱血友情系の映画を見ていた。そんな気分にさせてくれた。


 真剣に闘いながらも言葉を交わして行く兄弟。

 双子として生まれ、共に剣術を習い。父の道場で切磋琢磨しあった。

 互いに相手の剣は嫌という程に知っている。何度も闘い、何度も負け、何度も勝った。


 気が付けば、3283戦中2831回の決着つかずと、同じ数の勝利と敗北。

 今、この時の勝敗は、まさにどちらが勝ってもおかしくない。

 互いに相手に打ち勝たんと、己が全力を出し切った男同士の熱き闘いだった。


 互いに相手を憎んだこともある。同じ相手を好きになり、争った事もある。それでも、互いに尊敬し、強さを認め、越えるべき壁として認識していた。

 最後の最後、同時に雄たけびを上げて唯前へと突き進む二人。

 そして、たった一人の勝者が、今、決まった。


「モブ彦……兄を、越えたな……」


 互いの剣を胴に受け、口から血を流したのは、兄の方だった。

 一瞬早く弟の一撃が決まり、兄の一撃は弟の胴に当る寸前で止まっていたのだ。

 ずるり、糸が切れたように倒れるモブ男。


「も、モブ男兄さんっ! ダメだ、死ぬな、死なないでくれッ!」


 倒れたモブ男に縋りつき涙するモブ彦。上半身を抱き起こすと、モブ男の口元に流れた血が闘技場へと染み渡った。


「ふっ。俺は死ぬんじゃない。お前の中で生きるんだ。前を向け弟よ。これからは、お前の時代だ。俺の屍を……越えて行けっ……がくっ」


「も、モブ男兄さ――――んッ!!」


 モブ彦の腕の中で気絶したモブ男、熱い戦いの果てに男は兄の犠牲と共に新たなる道を歩きだすのだった……うぅ、何でこんなに涙が流れるんだっ。ちくしょうべらんめぇ。このカレーしょっぺぇカレーだなちくしょうっ。

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