その勝者の底知れない実力をまだ誰も知らない
「第一試合、アルセ VS ストラウス、戦闘開始ぃ!!」
僕の驚きを他所に、さっさと開始されてしまう試合。
見間違いようはない。というか同じ姿で同じ名前のアルセが二人もいるはずがない。
間違いなく、目の前に居るのはアルセだ。
アルセが選手として出場してる!?
「ふふ。もしかして驚いてるのかしら? 予選第二試合、突破したのはルグスたちと、もう一人、そう、アルセがでてたのよ。ぷーくすくす」
鬼の首取ったようにアカネが僕に耳打ちして来る。お、お前、知ってて黙ってたのか!?
アルセが、アルセがあんな分厚い胸襟の男相手に闘うとか、ええ、ちょ、どうしたらいい!?
とりあえず乱入してアイツ蹴り倒してもいいのかな!?
「ハッ。こりゃ楽勝だな。まさか第一試合にこんなガキがでてくるとはよぉ」
厳つい顔のストラウスは自慢の斧を肩に引っ提げポンポンと肩を叩く。
「ただのガキなら攻撃は躊躇うがよ。魔物相手ならブッコロしても文句ないよなぁ? しかもアレだろ。アルセイデスっつたらすっげぇ硬ぇ蔦ドロップすんだよなぁ? はっは、俺も運が向いて来たか? この試合に勝つだけで15万ゴス手に入るのか」
15万? 10万ゴスじゃなくて? ああ、マイネフランでは10万までになるけど輸送費と込み込みでコイントスでは5万分買い取り額が増えるのか。
ということは、マイネフランで売るよりこっちで売った方が利益が大きいな。
って、そんな事じゃなくてっ!
微笑むアルセは無防備だ。武器も何も無くただただ目の前に居る巨漢を見上げている。
まさに大人と子供の対戦だ。
誰も彼もがアルセが勝てるなど夢にも思ってないだろう。
僕も心配で仕方無い。実力は凄いはずだけど、アルセだからなぁ。お願いだから怪我しないでよアルセぇ。
「それにしても、よくアルセが出ようと思ったわね」
「多分、リエラさん達の闘いを見て自分もお祭り騒ぎに参加したいとか思ったんじゃないですかぁ?」
「かもしれないわね。というか、くっつき過ぎ」
引き離そうとするネッテにべったりくっつくルルリカ。誰はばかることなく押せ押せモードのルルリカに、溜息吐いて放置する事にしたネッテ。
こうしてなし崩しに落とされるわけですねルルリカに。
自分にはカインが。といいながら女性に落とされて行くネッテ……それはそれで……いやいや、なんでもないよ。何も考えてないよパルティさん。
アルセ向けてニヤついた笑みを見せるストラウスが斧を振り被る。
人間相手には殺しはいけない。というルールだが、魔物の出場が初めてなため、彼らに対するルールは出来てない。
だから、アルセを殺したから失格ということにはなりえないんだ。
ストラウスはソレを理解しているからか、躊躇い無く斧を振り下ろす。
誰もが悲鳴をあげそうになった。
年配の女性陣は慌てたように眼を背けたり両手で隠したりした。
しかし、次の瞬間聞こえた澄んだ鉄の衝突音に、皆が驚く。
いつの間に出したのだろうか? アルセの腕には細く、白く、そして立派なネギが握られていた。
先端が緑色のその剣に、いくら力を入れてもストラウスは叩っ斬る事が出来ないでいた。
目の前にある相手の剣はただのネギ。本来なら刃の一撃で真っ二つにはるはずだった。
しかし、ストラウスは知らない。そのネギは、折れない、曲がらない、不折れ属性のついたネギは包丁の特殊スキル素材切断スキルなくして切ることはできないのである。
ストラウスはしばし呆然としていた。
自慢の怪力が受け止められた。しかもネギに?
なんだこの状況は? これは現実か?
そしてしばらく、アルセの笑顔に我を取り戻す。
慌てて飛び退くストラウス。
ソレを見たアルセは生成したネギソードを消し去る。
次の瞬間うんしょっとばかりにどこからともなく取り出される巨大な大根。
血に塗れたその大根を見たストラウスは、ようやくその少女の異常さに気付いていた。
これは違う。ただ狩られるだけの魔物ではあり得ない。
血塗れ大根を両手で持って無邪気な笑みを見せるアルセに、知らず全身が震えた。
武者震い? 違う、これは未知に対する恐怖だ。
しかし、自分がこんな幼い容姿の存在に恐怖しているなど認める訳にはいかない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
気合いの雄たけびと共にストラウスが突撃する。
その後に起こったことを、僕は忘れない。
何が起こったかって? うんそれはその……ストラウスさんは空を飛んだ。それだけさ。
多分リエラのスキルを見て自分もやってみたいと思ったんだろう。
ストラウスを血塗れ大根で跳ね上げたアルセは、不沈撃を行おうとして、ミスった。
落下したストラウスは泣きそうな顔で持っていた斧を投げ飛ばし受け身を取る。
高所からの落下ダメージを殺すために衝撃と共に床をゴロゴロと転がった。
あれぇ? おかしいなぁ? といった顔で首を捻るアルセ。
彼女の中では浮沈撃が上手く行っていたはずだったらしい。
仕方無い、もう一回。とばかりに剣を構えたアルセを見て、ストラウスは大声で告げた。
「き、棄権! 棄権する!!」
後にストラウスはこう語る。俺、高所恐怖症なんだ。と。もう一度喰らったら失神して失禁しかねなかったんでな。棄権した。そう、誇らしげに語ったという。
後にも先にも、棄権したのは彼だけだった。




