プロローグ・その王子の言い逃れを僕らは知らない
「では、何か言い残しはあるか? ランスロット?」
コイントス王城、謁見の間にて、その判決は厳かに終焉を迎えようとしていた。
謁見の間最奥部にある玉座に座る王とその右横の椅子に后が座り、左には宰相の老人が佇んでいる。
赤い絨毯は段差を経て入口へと向かっており、その中心付近で頭を垂れ、傅く一人の男。
その絨毯の左右に佇む諸侯の冷えた視線を一身に浴び、冷や汗とも脂汗ともつかない汗で全身汗だくになっているのが、このコイントスの第三皇子、ランスロット=ドゥア=コイントスである。
彼が今、直面している状況は、廃嫡されるかどうかの瀬戸際だった。
思い返せば、ネッテとの婚約に一番乗り気だったのが目の前に居る国王陛下。
ランスの父親である。
マイネフラン王国との繋がりが強化されると当時は本当に素晴らしい喜びようだった。
なにせ、その頃は相思相愛だったのだから。
子供心に彼女の男らしさというか、思った事を実現させていく行動力に憧れて、僕の彼女になってほしい。と告白したのは遠い過去の記憶だ。
きっと彼女はそのことなど覚えてすらいないだろう。
ランス自身も今の今まで忘れていた遠い過去の記憶なのだから、当然だ。
当時のネッテも意味が分かってないようで、彼女って何? とか聞いていた気がする。
ずっと一緒に遊べる友達だよ。とか答えていただろうか?
そんなランスに無垢な瞳を向けて了承してきたネッテをなぜ忘れていたのだろうか?
そうだ。何も無ければ自分は憧れの幼馴染と、初恋の相手と結ばれていたはずだったのだ。
あの悪女さえいなければ。
そうだ。奴は悪女だ。俺は騙されただけだ。
奴の誘惑に負け、精神がおかしくなっている時にネッテ王女との婚約を解消させるように仕向けられたのだ。
ああ、気付いてしまえばなぜあのような下劣な下等生物に熱を上げていたのだろうか?
顔は可愛いが平民ではないか。下賤の輩などを妻にしようなど、まさに精神が錯乱していたとしか思えない。
そう、そうなのだ。奴が悪い。あのルルリカ・テルテルボールが全ての元凶じゃないか!!
ネッテだってすぐ気付くはずだ。アイツのせいで俺がおかしくなっていたことに。
だったら、アレを断罪することで元の鞘に収まるんじゃないのか?
「父上。私は、ようやく正常に戻った気がします」
「……何?」
「ルルリカ・テルテルボール。今回、私の思考を乱し、ネッテ王女と別れるよう仕向けた悪女です。奴が全ての黒幕です! 私は騙されていたのです! ぜひとも、奴の召喚を!」
「いや、しかしだな。お前が婚約破棄を告げたのも、平民の小娘に現を抜かし、その者と結婚すると告げたのも事実であろう」
「ですが、もしも魅了に掛かった状態であったなら? 王族を魅了する行為などまさに国家転覆の危機、あの悪女を放置していてはコイントスの恥でもありましょう。手早く拘束して罪を暴くべきです! そもそもネッテ王女から私を寝取ろうとした時点で王族侮辱罪が適応されます!」
「ふむ……」
コイントス王は顎に手をやり、さすりながら考える。
確かに、ランスロットの話は一考の価値はある。
ルルリカが行った悪行の数々は既に明るみに出ているのだ。
貴族の侮辱だけならまさに星の数。さらに王族にまで手を出し、それが魅了の魔法の類であるとすれば、絶対に生かしてはおけない大罪人。
本当に魅了の魔法を持っているかどうかの確認のためにも、一度拿捕する事は他国へ自分たちの恥が恥ではないとアピールできる題材にはなる。
もしも魅了スキルを持っていなかったとしても、その辺りはでっち上げて処刑すれば、少なくともマイネフラン国との婚約を一方的に破棄したバカ王子の噂は払拭できるかもしれない。
「いいだろう。リードリヒ、悪いが一筆したためてくれ。まだコルッカに居るだろうルルリカ・テルテルボールを祖国へ召喚せよ。罪状はコイントス第三皇子に魅了魔法を使用した疑いの真偽を問うため。とでもしておくといい」
短く「はっ」と答えたリードリヒ、宰相は国王の前を辞去して奥の院へと去っていく。
謁見の間の背後にある入口からは国王と后、王子や王女、そして宰相など重役の部屋が犇めいているのだ。
ここ、謁見の間を通ってしか向えない場所なので、万一にも侵入されることも無い安全な場所である。
宰相の後ろ姿を見送って、国王は再びランスを睥睨する。
希望を見付けたような瞳で見返して来る三人目の息子は、なぜだろう? 国王から見ると愛しい息子というよりは他人の若造にしか見えなかった。
「ランスロットの廃嫡に関しては後日のルルリカ・テルテルボールへの尋問終了後に延期することとする。皆の者、忙しい中大義であった。解散せよ」
国王の鶴の一声。
そして立ちあがった国王が宰相の去った廊下へと去っていくのを見送り、諸侯たちも解散を始めた。




