AE(アナザーエピソード)その変態紳士の物語を僕は知らない8
バルスとユイアはアルセらしき生物を追っていた。
木々を掻き分け向って行くと、いつの間にかその姿を見失ってしまった。
薄いピンク色の靄がバルスを包みこんでいく。
茂みを掻き分けた先に、美しい女性が水浴びをしていた。
綺麗な人だ。思わず誘われるように彼女に近づいていくバルス。
自分が今何をしていたのか、頭に靄が掛かったかのように思い出せない。
いや、どうでもいいか。
目の前に綺麗な人がバルスに気付く。
裸であるのに隠す事はなく、バルスに凶悪な二つの果実を見せつける。
にこりと微笑む彼女は、バルスに向けて両手を開いた。
さぁ、飛び込んで来なさい。
そんな声が聞こえた気がして、バルスは急いで服を脱ぎ去り美女に突撃を……
そんな思いで上着に手を掛けた瞬間だった。
首根っこを引っ張られその場に倒される。
誰だ!? とそちらに視線を向けると、鬼の形相をしたユイアがいた。
バルスのうなじを掴み、地面に押さえつけたまま、泣きそうな、それでいて嫉妬に狂った鬼女にすら見える顔でバルスを見つめていた。
「ユ……イア」
「気付いたのねバルス! 急に服を脱ぎ出したから驚いたわ」
正気に戻ったと気付いたユイアから表情が消える。代わりに心底安堵した顔が現れた。
バルスは何か申し訳ない気持ちになる。
自分に何が起こっていたのか全く理解できない彼は、身体を起こして周囲を見回した。
あの泉の美女はかけらも見当たらない。
「バルスさん。ユイアさん! 無事!」
「エンリカ!?」
「ドリアードの幻惑に掛かってない? 大丈夫ねバルスさん!」
「幻惑……じゃあ、さっきのって!」
「よかった。ぎりぎりで引き返せたのね」
呆然とするバルスを両脇からユイアとエンリカが立ちあがらせ、その場から撤退していく。
振り返ればドリアデスが手を振っているのが見えたが、バルスは彼女を追おうとは思わなかった。
無邪気に手を振るドリアデスが、何故だろう? バルスには凶悪な何かに見えた気がした。
ロリコーン紳士達と合流した三人は、再びエルフの集落を目指す。
道中はオリーづくしだったのだが、エルフの集落周辺へとやってくる頃には、オリーもまばらになり、エルフ村前では魔物の影すら見つからなくなっていた。
魔物も集落には滅多に近づくことはないらしい。
「フォッ」
「着いたわね」
衛兵たちはエンリカを見付けてあっと声を出す。
「来たのか……エンリカ」
ただ、衛兵たちの顔はあまり歓迎しているようには見られない。
むしろ、神妙な、来てほしくない相手が来てしまったといった顔をしている。
「ええ。どうしたのケヴィン?」
「ああ、いや、その……なぁルイッグ?」
「ん? ああ。その、なんだ……エンリカ、気に病むなよ。お前のせいじゃないからな」
「はい?」
意味が分からなかったので詳しく聞こう。としたエンリカだったが、叢を揺らして現れたドリアデスにふらふらとルイッグが付いて行く。
「またか……」
と沈痛な表情になるケヴィン。
ドリアードのお気に入りになったのだろうか? ルイッグは良く連れ去られるそうだ。
とりあえず入れ。というケヴィンの言葉に促され、結局何も聞けないままにエンリカ達はエルフニアへと入るのだった。
「とりあえず、お父さんとお母さんに帰った連絡入れないと」
「エンリカのご両親か……そういや俺ら初めて見るんじゃないか、ユイア」
「そうね。一度会っては見たかったのよね。どんな綺麗な方なのか、エンリカに似て綺麗なんだろうなぁ」
そんな世間話をしながらエンリカの家へと向い、ノックを二つ。
しかし、家から誰かが出て来る気配はない。
おかしいな。とエンリカがドアを開くと、普通に開く。
鍵が掛かってるわけでもなく、用心棒が立てかけられているでもない。
薄暗い室内に足を踏み入れる。
すえた臭いが漂っている。
こころなし、空気が淀んで見えた。
何かが変だ。
どうしたのだろうか? あの朗らかな一家団欒を行っている両親が、不在? そんなはずは……
部屋を探索していると、奥の方から何か声が聞こえる。
エンリカを先頭に、皆で声の方へと向かった。
両親の寝室だ。
そっと、扉を開く。
そこに、両親はいた。
ベッドの上に座り込んだ母親、ルイーズに膝枕されて父親リカードが縋り付くように泣いている。
「ふぇぇぇぇ、おかあさん、エンリカがエンリカがぁ」
「はいはい、いい子ね。大丈夫よリカード。おばあちゃんがいるからねぇ。お母さんが帰ってくるまでちゃんとお世話するわ。ふふ、エンリカの子供、エンリカの子供、豚の……ふひ、ふひひひひ」
エンリカはそっと、扉を閉めた。
「あ、あの、エンリカ……今の……」
「どうやら両親は留守みたいです」
「いや、今二人抱き合ってなかった?」
「どうやら両親は留守みたいです」
「…………」
「…………」
「あーその。そうね。村長さんの家、行こうか?」
ユイアたちは、そっとしておくことにした。
「そうですね。そうしましょう。ぜひそうしてください」
エンリカはもう、振り返らなかった。
両親は今日は外出していたのだ。家にはいなかった。そう結論付けて。
ただ、涙が一滴床に落ちた。
「待って、ねぇ、待って。現実見て。あの二人何とかしようや!」
エンリカたちの帰還に気付いてどこからともなくマルケが出現していたが、誰も彼女に注意を向けることはなかった。




