その男の頑張りは彼女しか知らない
すでにカインもネッテも力尽き、ミクロンも蔦に捕まり動けるのはリエラと、マーブル・アイヴィが使えるアルセのみ。
その二人ももはや猶予はなかった。
さすがに力も経験もないリエラは体力の限界で、回復魔法も既に僕に使ってしまった。
最後の奥の手であるコ・ルラリカを封じた弾もティラノもどきに使ってしまい、残すのは状態異常を回復させるクリア・オールの弾丸しか残ってない。
アルセはただのアルセイデスという名前のモンスターなので戦力外だ。
今はリエラに抱きかかえられ、必死に蔦に巻かれるのを回避している状況。
迫りくる蔦が空を掴むのが楽しいのか、何かのアトラクションと思っているのか、アルセだけが終始笑顔である。
宙吊りの皆も頭に血が上っているらしく顔が真っ赤になりだしている。
バズ・オークとミクロンが一番ヤバいのは彼らが真っ先に逆さ吊りにされてるから。
急がなきゃ。
奥の手であるにっちゃう・つう゛ぁいを掲げたまま、僕は魔物の蔦を潜り抜け、元の位置へと戻ってくる。
なんとかここまでは出来た。
ここから先は……まさに一つのミスも許されない。
「これは……にっちゃう・つう゛ぁいは空を飛ぶのですかっ!?」
捕まったままのミクロンが的外れな事を言う。
まぁ、僕が見えないからにっちゃう・つう゛ぁいが空飛んでると見えても不思議じゃない。
しかし、これだけじゃ意味がない。
魔物同士のせいか、相手がにっちゃう・つう゛ぁいに対して攻撃を仕掛けてこない。
それとも、奴はにっちゃう・つう゛ぁいの突撃を恐れてる?
いや待て、そういえば、僕のもとへ歩いて来たアルセに攻撃はいっていなかった。
つまりこいつは魔物同士では攻撃しないということか?
……ということは、バズ・オークは魔物じゃないのか?
僕は見えないから攻撃対象にならないし、アルセも魔物のせいか、全く狙われない。
この植物の魔物は人間種しか攻撃しないようだ。
バズ・オークは攻撃して来たから敵と認識されたのかも。
いや、ただ偶然アルセが襲われていないだけかもしれない。
それでも、魔物は囮に使えない。
万一のことがあるし、アルセを囮に使ってマーブル・アイヴィで動きを止められたら僕まで動けなくなりかねないし。
仕方ない。やりたくはないが、リエラを囮にさせてもらう。
僕はにっちゃう・つう゛ぁいを抱えたまま、リエラに向う。
「な、なに、にっちゃう・つう゛ぁい!? も、もしかして……」
彼女は本当に僕の事に気付いたのだろうか? まぁ、今はどうでもいいや。
やはり、残った敵性であるリエラには、蔦による攻撃が襲いかかってきていた。
僕は左右からの攻撃を避けながら、リエラに真正面からやってくる攻撃を待った。
左右からの攻撃ににっちゃう・つう゛ぁいが反応しても意味がない。
見当違いの場所に突撃されても意味はないんだ。
やるなら、一撃必殺。
あいつを粉砕する角度の攻撃を待つ。
何度躱しただろう。
攻撃されることに、これ程嬉しさがこみ上げるなんてこと、今まであっただろうか?
僕はリエラの前方からやってくる蔦へとにっちゃう・つう゛ぁいを設置する。
下手に持ったままだと僕が衝撃に耐えきれないので設置式だ。
にっちゃう・つう゛ぁいが移動してしまえば失敗だし、方向変えただけでも失敗だ。
でも、にっちゃう・つう゛ぁいは襲い掛かってくる蔦をしっかりと見据えてくれた。
蔦がにっちゃう・つう゛ぁいへと当る瞬間だった。
にっちゃう・つう゛ぁいがぐいっと弛む。
刹那。
にっちゃう・つう゛ぁいが消えた。
それは当に弾丸だった。いや、高速の砲弾とでも言うべきか。
先程までいた地面がクレーターのように凹みを作る。
迫っていた蔦を千切り飛ばし、蔓を穿ち、防衛用の蔦の壁をぶち抜く。
根を茎を貫きアンブロシアの魔物本体に風穴を空け、それでも足りんと背後の木々を突破する。
怖いよコレ。
いや、意図した結果ではあるけどさ。
あの凶悪アンブロシアモンスターを一撃粉砕とか、何ソレ?
魔物を撃破してくれたにっちゃう・つう゛ぁいは、そのまま森の奥へと飛んで行ってしまった。
役目を終えてくれたなら十分だ。それより今は……
本体が突破され、盛大な音を立てて倒れ始める植物の魔物。
背後の木々も命を失い轟音響かせ倒れて行く。
森から鳥が飛び立つ悲鳴が上がった。
蔦の拘束が緩んだらしく、カインが即座に蔦を斬り裂き脱出した。
倒れる蔦を蹴り飛ばし、ネッテに向って飛ぶ。
剣閃が煌めきネッテが解放された。
「音速突破!」
カインが一瞬で掻き消える。
衝撃波と共に出現したのは、バズ・オークの傍だった。
バズ・オークを救出した直後、彼らは地面に落下する。
「おぶっ!?」
なんとか着地に間に合うネッテ、カイン、バズ・オーク。
唯一助けるのが間に合わなかったミクロンが頭から地面に激突していた。
ああ、メガネが……
メガネが盛大に壊れ、動かなくなったミクロンに慌ててカインたちが駆け寄る。
そんな光景を見ていると、僕の裾が引かれた。
誰かと思って見てみると、アルセが僕を見上げていた。満面の笑顔に思わず癒される。
そんな僕のもとへ、リエラがやってくる。
「居るんですね……そこに」
半ば確信したように、リエラが呟いた。
そして僕は……自分がついに認識されたことを知った。




