その彼が死に瀕しているのを誰も知らない
「行くぜ、ステータスブースト! 音速突破! 千進突牙斬!」
耳が痛くなるような厨二言語がカインの口から洩れた。
その瞬間、カインの姿が掻き消える。
まさに音速を突破したような衝撃波が迫りくる無数の蔦を跳ね飛ばす。
さすがにマズいと知ったアンブロシアの魔物は蔦の殆どを自身を護りカインへの壁として密集させる。
そこへ突っ込んだらしいカイン。
物凄い衝突音と共にズバズバと蔦が千切れ舞う。
すごい。これなら勝てるんじゃないか?
僕は手に汗握ってカインを応援する。
だが、その間にも、魔物は次なる一手を打っていた。
悲鳴が上がる。
それもすぐにくぐもった。
ネッテの顔に蔦が巻き付き口を塞いでいたのだ。
口に入るというエロ成分はなかったが、身体に巻きつけられた蔦によりネッテまでが囚われる。
「クソッがぁっ!」
カインが盾となった蔦へと強力な一撃を叩き込む。
ついに本体を護る蔦全てが薙ぎ払われた。
行ける!
と思った次の瞬間、カインの動きが急激に落ちた。
音速突破が切れたらしい。
それでも、ステータスブーストとやらの恩恵か、彼の動きが軒並み素早くなっている。
なんとか蔦の襲撃を掻い潜り本体に辿り着くカイン。
気合いと共にアルセソードを叩き込む。
ロングソードが突き刺さったその真下に斬り込みを入れ、そのまま茎半ばまで食い込ませ……そこで止まった。
いや、止まったんじゃない。カインの腕が、止められた。
カインの腕に細い蔦が絡まったのだ。
その蔦により、剣の動きが止められる。
「嘘だろ……」
無情にも、彼の身体に絡みついてくる強靭な蔦。
アルセソードを手にしたまま、身動きを封じられたカインが空中へと吊るされてしまう。
……終わった。
ゲームオーバーだ。
もう、残っているのは役に立たないアルセと剣をカインに奪われたリエラだけである。
そのリエラは再び恐怖に飲まれ、足が面白いくらいに震えている。
彼女一人しか戦える人物がいないと気付き、手持ちの武器でどうやっても無理と悟り切った顔をしている。
さすがに空気を察したのか、アルセが踊りを止めて僕らのもとへとやってくる。
そして、僕の横にやってくると僕の腕を迷うことなく掴んできた。
不安そうな目で指をしゃぶりながら見上げてくる。
大丈夫だ。なんて気休めは言えない。
でも、どうすればいい?
このまま見捨てて逃げるか?
リエラとアルセだけなら助けられる。
運が良ければそのまま町まで向えるかもしれない。
そこで冒険者たちに伝えれば……
いや、ダメだ。そこまでリエラとアルセを抱えて逃げるなんてできない。
やれるとしたらアルセだけだ。
リエラは手を引くくらいしかできない。主に体重の関係で。
別に重いと言ってるんじゃないよ。
ただ、二人も抱えて走る体力が僕に無いっていうだけだ。
となると、このメンバーで何とかするべきなんだろうけど……
いや、もう無理だろこれ。
せめてアルセソードがあれば皆の蔦斬り裂いて助けられるけど、カインが持ったまま上空に吊るされてるし。
……打つ手がない。完璧に、詰まった。
こうなったらもう、リエラにバレるの覚悟で彼女だけでも逃がすしかない。
本当に城に駆けこんで貰って軍隊に討伐させよう。
運が良ければ、養分になる前に彼らを助けられるはずだ。
リエラの腕を引いて逃げようと、リエラを振り向いた瞬間だった。
恐怖で怯えるリエラの向こう側に、迫り寄ってくる蔦。
ソレを見た瞬間、僕は自分でも驚くほど自然に走り寄っていた。
「リエラッ」
考えるより先に、身体が動いていた。
化け物植物の振う蔦からなんとかリエラを弾き飛ばす。その瞬間。
蔦が僕に突撃して来た。
リエラを捕えようとした蔦が、目標を失ったまま速度と打撃力を備えて流れ弾として僕に当って来たのだ。
「がァッ!?」
悲鳴のような声が漏れた。
それが自分自身の声だと気付いた時には、地面に身体を打ち付け、二転三転、地面を転がっていた。
何が起こった? あれ? 僕、地面に寝てる?
視界に映るのは地面とそれに座り込むリエラ。そして化け物植物の根の部分。
起き上がろうとしても身体が動かなかった。
自分がどうなっているのか確認すらできない。
でも、パニックになった思考はすぐに冷静に廻り出し、自分の置かれた状況を推理し始める。
リエラを庇った瞬間、背中に衝撃が来た。
つまり、あの植物の蔦が当ったのだ。
マーブル・アイヴィと同じくらいの強度を持つ蔦の直撃。
防御力の高いローブを着こんだミクロンを弾き飛ばす速度と威力の直撃。
下手したら僕はもう長くないのかも。
だから身体が動かないのかもしれない。
それってつまり……死にかけている?
恐怖が吹き出した。
自分が死に瀕している事に気付き、今さらながら恐怖が僕を包み込む。
しかし、それすらも後の祭りだ。
すでに身体は動くことはなく、リエラ達が蔦に翻弄される様を見続けるしかない。
やがて、場違いな程にゆったりと、アルセが近づいてくる。
僕の視界から消えて少し、背中に手が添えられる感覚。
おそらくアルセが僕を探し出して揺すっているのだろう。
ごめんアルセ。
僕はもう、君を護れそうにもないんだ……
あの植物を倒す力もないし、逃げる事も出来ない。
だから、願わくば、リエラ。他の誰でもいい。アルセを、連れて逃げてくれ。
でも、僕の声も願いも誰にも届かない。
せめて僕の姿が見えたなら、声が聞こえてくれたなら。誰かがアルセに気付いてくれるのに。
ああ、僕はここで死ぬのか。アルセすら守れないまま……誰に看取られることなく死んでいくんだ。
こんな結末……嫌、なのに……




