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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
  第一話 その世界の名を彼は知らない
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その少女が人ではないことを、僕は知らなかった

 ふと、僕は意識を失っていた事に気付いた。

 寝ていたのだと思い、現状を思い返す。

 寝る前は確か、学校の教室だった。


 英語の授業が酷く退屈で、思わず窓を眺めていた気がする。

 どんよりとした曇り空の中、編隊を組んで飛ぶ鳥を目で追っていたはずだ。

 耳には先生の声とチョークの音、そしてクラスメイト達のノートを取る音が響いて……いや、確か後ろの方でシューティングゲームやってる音が微かに聞こえてたな。


 そのうちうとうととなって眠りに就いたんだろう。

 それにしては、音がないな?

 無音という訳じゃない。


 なんというんだろう、ざわめきというか、木々が風に揺れるような音がする。

 微妙に肌に冷たい風も吹き付けてくる。

 そして気付いた。

 僕が、寝ころんでいることに。


 おかしな話だ。教室で、椅子に座って寝ていたというのに、なんで地面に直寝してるんだ?

 上半身を起こし、ゆっくりと目を開く。

 視界に映り込んできたのは、教室の風景じゃなかった。


 そもそも真下には教室の床などなく、鬱蒼と茂る草に覆われた地面。

 いくらなんでも夢遊病でこんな場所まで歩いてくることなど今まで一度も無かったはずだ。

 どこかの森。そう、森の中だ。


 学校の近くにこんな場所はなかったはず。

 どうやってこんな場所にきたのだろう?

 まさか、先生が僕が寝てるのに苛ついて車で遠くに置き去りにしたとか?


 ふと辿り着いた思考になぜかぶるりと身体が震えた。

 置き去りにされた? こんな所に、一人きりで?

 ざわめく木々に囲まれ、日の光が木漏れ日として降り注ぐ。

 薄暗く草木が茂った森だった。


 周囲からは何の虫だろう? 鳴き声が聞こえてくる。

 それに時折獣の遠吠え等が混ざる。

 風が鳴るたびに揺れる木々が、まるでそこに野生生物が潜んでいそうで、音が鳴るとそちらをついつい見てしまう。


 怖い。何時、どんな野生生物が僕を獲物と勘違いして襲ってくるかと恐怖が鎌首をもたげ出す。

 教室にいたはずなのに、ここはどこだ?

 ジッと留まっていると不安ではち切れそうになってくる。


 先生、いくらなんでもこれは酷いよ。

 PTAに掛け合って止めさせちゃうぞ?

 なんて軽口を考えてみるけど、返事はおろか、先生ばかりか人の気配すらない。


 思わず歩き出す。

 どこに向かおうとしているかもわからずに、ただ何かに追われる焦燥感に苛まれ、知らず速足になっていく。

 速足は掛け足に、そしてついには走りだす。


 どこだ?

 ここはどこだ?

 誰かいないのか?

 教えてくれ、僕は一体、どうなってしまったんだ?


 この不安感は初めてだった。いや、これは不安なんかじゃない。

 誰の助けもない、誰も知らない場所に一人置き去りにされた……絶望感。

 助けてくれっ。誰か、誰かいないのかっ。誰か……?


 ふいに、声が聞こえた。

 荒くなった息を吐き出し、自然と足が止まる。

 クラスメイトの誰かか?

 先生に一緒に連れてこられた?

 この際誰でもいい、居てくれるだけで……あ、でもDQNだけは勘弁してくれ。カツアゲされてもお金ないし。


 耳を澄ませて、声の方へと歩き出す。

 雑木を掻き分けていくと、ようやく人を見つけた。

 思わず、良かったっ。と声を掛けようとして、慌てて手で塞ぐ。

 学生や、先生といった感じではない。


 軽いプロテクターのようなものを、ゲームで言うならばレザーメイルとでもいえばいいのだろうか?

 そういう軽装の男が二人、そして紫のローブを纏った胸の大きい女が一人、何かを囲むように群がっていた。


 コスプレの人か?

 そっと側面に回り込む。

 隙間から見えたのは、年端もいかない少女だった。

 その少女に向かい、彼らは剣を、槍を向けている。


「な、何やってんだお前らっ……」


 思わず叫んで口を塞ぐ。

 見つかったら危険と判断したからなのだが、彼らが大声に気付いた様子は無い。

 何か変だな。と思いながらも、振り上げられた剣に思わず身体が動いた。


 少女に向かい振り降ろされる剣。

 驚愕に眼を見開く少女へ、男は笑って剣を……

 男の顔を見た瞬間、僕は走った。


「うああああああっ」


 その男のどてっ腹狙い、僕は体当たりをかましていた。


「ぐあっ」


「くっ」


 男を突き飛ばし、さらに槍を持った男も突き飛ばす。

 慌てる女は放置して、少女の手を引き無我夢中で走る。


「な、何だ今のは?」


「二人とも大丈夫っ!?」


「ああ、突然何かがぶつかってきたような衝撃が」


 背後に聞こえる彼らの言葉を聞き流しながら、追ってくるなと呟き全力疾走。

 茂みに入り、蛇行する。

 やがて、追手の気配もなくなった頃、ようやく荒い息を吐いて大きめの木の一つに背持たれた。


 持久走は苦手なので汗だくだ。もう、心臓がヤバいくらいに鳴り響いている。

 肩で息をしながら喘ぐ。空気が足りない。

 自分は一体何をしているのだろう。


 あんなDQNよりヤバい、真剣振りまわして悦に入るような狂人どもに体当たり喰らわせるなんて。

 下手したらアレで切りつけられるのは僕だったかもしれないのに。


 そんな事を思ったら、今さらながら全身を冷や汗が覆う。

 訳のわからない震えが来て、地面に立っていられなくなった。

 その場に尻を付きしばらく休む。一応警戒するが追手は来ないみたいだ。


「大丈夫か君……うおわっ」


 ようやく自分に余裕ができたので振り向いた僕は、思わず仰け反った。

 今まで少女だと思っていた彼女は、人間とは思えぬ容姿をしていた。

 完全な予想外の存在に、思わずエクソシストの悪霊みたいに四足で下がってしまった。


 緑色の肌を持っていた。

 深い緑の髪を持っていた。

 頭に双葉が揺れていた。

 裸体の胸と下半身を蔦で申し訳程度に隠した少女の姿をした……異物。


「え? え? なんだそれ……」


 コスプレとか、そういった次元のものでは決してない。

 まさに、人に似た生命体。

 人……じゃない?

 そう、その生物は、人では決してありえない存在、光合成を可能とした空想上の存在、植物人間だった。

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