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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第三話 そのダンジョンで起きた悲劇を僕は知らない
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SS・そのフレッシュゾンビの行動を僕は知らない

 その日、武器屋『無骨な男祭り』の店主にして鍛冶師であるバロネットは工房にて鉄を打っていた。

 カウンターを一人娘のラーダに任せていたのだが、そのラーダが困った顔で工房にやってきたのである。

 こちらで鉄を打つ間は集中するから話しかけるな。

 そう言っていたにも関わらず話をしてくるということは、自分では対処できない事態に直面した時だけである。

 丁度次の鉄を打とうとしていたところもあって、一度手を止めたバロネットはどうした? と顔をラーダへと向けた。


「お父さん、あの……武器の修理依頼みたいみたいなのだけど……」


「あん? 修理依頼なら武器預かっていつも通りやりゃいいだろ。一週間以内にゃやってやるって伝えな。無理言いやがる客ならケツ蹴って放り出せ」


「そ、そうじゃなくて、ウチで扱える武器か判断が付かないの」


 奇妙な話だった。

 バロネットはドワーフという種族であり武器全般が彼の得意な生成品である。

 そんなドワーフたる父が扱えるかどうか分からない武器を持ち込んだ?

 余程壊れて折れた剣でも持ってきたか?

 そんな思いが浮かびはしたが、ラーダの顔を見て思い直す。

 どうやらもう少し複雑なようだ。


 仕方なく重い腰を上げる。

 カウンターの方へと顔を出すと、病的なまでに青い顔の少女がじっとバロネットの出て来た入口を見つめて待っていた。

 ぎょっとしたものの、客であることには変わらない。


「おう嬢ちゃん。どんなようだ? 娘の話がよくわからなくてよ。二度手間で悪いが説明してくれや」


 立派な髭を左手で触りつつ、バロネットが野太い声で聞くと、青白い顔の少女は手に持っていた手直ししてほしい武器をカウンターへと乗せた。

 刀身が折れ曲がった変わった武器だ。

 オーダーメイドか? そう思ったが鑑定を使うとその正体がわかった。


 魔物が落とすドロップアイテム品らしい。

 そら俺が扱ったことのない武器だわ。と内心困った溜息を吐くバロネット。

 そんな彼を見て、青白い顔の少女は両手を目の前で併せてお願いしますとジェスチャーをして、不安そうに見上げて来る。


 引き受けてやりたいところだがこれは確かに専門外の武器である。

 どうしたものかと頭を掻いて、ふと、青白い顔の少女が腰元に差している武器を目にする。

 鑑定を発動させると、もはやびっくりするしかなかった。


 アルセイデスの蔦を存分に使い加工したかなり強力な武具だ。そしてバカ高い高級品。

 仕事も素晴らしい。ただ、エルフの加護が掛かっているのはいただけないが。

 少し考えバロネットは少女の腰に差した剣を見ながら告げる。


「コイツの直しはやってもいいが。金はあんのか嬢ちゃん?」


 あっと目を丸くする少女。困った顔をしはじめる。


「金がねぇなら無理だ。それか金の代わりになるもんでもありゃ良いんだがな。アルセイデスの蔦とか、まだ余ってたりはしねぇのか?」


 アルセイデスの蔦? と自分の腰に差してある剣に視線を落とす。

 しばらく考えた少女は顔を上げるとバロネットに親指を突き立てた。

 どうやらなんとかできると気付いたのだろう。


 さらにジェスチャーで何かを伝えようとする。

 言葉が喋れないのか? バロネットは怪訝に眉を顰めつつ、少女が伝えたいものを考える。

 ああ、そうか。


「お前さん、アルセイデスの蔦でこの武器作れってか?」


 意味が伝わったようで、少女は親指を突き立てる。

 正解らしい。

 バロネットは考える。


「なら蔦が大量に必要になるぞ?」


 そんなことは無理だ。心配そうに告げるバロネットに少女は胸を張ってグッドマークを見せつける。そして、ちょっと待ってろといった具合にジェスチャーを終えると、即座に店を飛び出してしまった。


「お父さん、今の子帰っちゃったの?」


「ああん?」


「やっぱりお父さんの顔怖いから泣きながら帰っちゃったんだね。酷いよお父さんっ。そんなだからお客さん付かないんだよ!」


「じゃかましい。客がこねぇのは不細工な看板娘のせいだろが」


「ひ、ひどいっ! 私だって結構可愛いネって冒険者の人たちに求婚されるんだからね!」


「ンだと!? そいつら教えろ。今からかまどにブチ込んでやるっ」


「う、嘘嘘。今のただのジョーク!」


 小競り合いをすること小一時間。

 少女は再びやってきた。巨大な柩を携えて。

 重量物なのだろう。彼女が柩を床に落とすとドスンと音を鳴らしていた。


 少女は柩を開き、そこから無数のアルセイデスの蔦を引っぱり出す。どう見ても億万長者になれる程の量である。

 カウンターに山のように積まれたアルセイデスの蔦に唖然とするバロネットたちに一仕事終えたみたいな顔で親指を突き立てた。


 さぁ、後は任せたおやっさん。そんな声が、聞こえた気がした。

 手は抜けねぇな。あまりにも奇妙な青白い少女を見つめながら、頬が引き攣るのを止められないバロネットだった。

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