AE(アナザーエピソード)その影で大切な物を失った人を僕は知らない
「なん……だと?」
コイントス王国国王、ディマルト=ドゥア=コイントスはマイネフランの使者から渡された手紙を読んでふるふると震えていた。
その顔は焦燥感というよりも狂気混じりの危機感を見せている。
「こ、国王陛下?」
さすがに心配した宰相が声を掛けて来る。
少し小太りのタヌキおやじである。
そんな宰相の声に、震えながらもディマルトは声を返す。
「マイネフランとの協定が……白紙になった」
「……は?」
「戦争になる訳ではないが……第三王子と向こうの王女との婚約破棄は確定。今まであった補助金も全てカット。流通制限が無かった物流にも税関を掛けるそうだ……」
「まさか!? 王子が何かやらかしたのですか!?」
「マイネフランの王女に頼んだのだが裏目に出たか……しかも婚約破棄を言いだしたのはコイントス側。つまりあのバカ息子かららしい」
宰相は吹き出る汗が脂汗に変わるのが分かった。
それぐらいにこの国の危機であることは容易に想像できる。
弱小国という程ではないが、自給自足率はすこぶる悪い。
ここでマイネフランからの援助が途絶えれば衰退は確定。
さらに周辺国から攻められた場合、援軍を求める事も無理になれば、この国の戦力だけでどうにかできるはずもない。
まさに国の一大事である。
幸いなのは向こうの国と完全な敵対関係に入らなかったという事だろう。
こちら側から婚約をお願いしたというのに、こちらの都合で破棄するなどあまりにも身勝手。
向こうが怒るのも理解出来る事柄だった。
問題は、国の知らないところで一個人が勝手に婚約破棄等を行ったせいで国を巻き込む大事に発展したことである。
「第二、いや、第一王子との婚姻を行う事は可能か?」
ディマルトは震える声を絞り出す。
マイネフランからの使者は少し考え、しかし首を振った。
「第三王女は別の方と婚姻する事を宣言し、我が国でも少し混乱しております。しかし、相手には勇者の称号もありますし、おそらくそのまま婚約となるでしょう。我が国に嫁に出す王女はもはやおりません。婚約関係での支援はもう諦めくださいませ」
「バカな……なぜこんな愚かなことをしたランスロット……」
ディマルトは頭を抱える。
今、当人たちの知らない場所で、一つの王国が崩壊の危機を迎えていたのであった。
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マイネフラン王国でもまた、国王が頭を抱えていた。
ネッテ付きの護衛兵から齎された現状報告があまりにも奇想天外だったため。その対応に追われていたのである。
まさか護衛が居ながらネッテの危機があったことにはさすがに怒りを禁じえないが、その後が問題だ。
覚醒したカインの称号。ネッテの勇者はまさにネッテのためだけに存在する勇者ということである。
そんな相手とくっつきたいとネッテが国王に手紙を送ったのだ。
ギルド員に変装して手紙を受け取り回収した影兵たちから報告と一緒に送られて来たのである。
見た瞬間、全身が震えた。
驚きと怒りで顔が赤くなり、衝撃と娘の危機に青くなる。
そしてカインと結婚するので次の相手は探さないでくださいという意思表示に真っ白に燃え尽きる。
本来なら無理にでも次の婚約者を探すところではあったが、影兵からの報告でカインが勇者であると聞かされれば課金型勇者であろうとも充分王女との婚約が出来てしまう。
つまり、本人同士が望んだ王族と勇者の結婚は成せるのである。
「そうか。あの若造。金を溜めて勇者になったのはこうなる事を見越していたのだなッ」
激昂と共に手紙を握り潰し投げ捨てたのは、国王としてやるべき行為ではないとしても、父としては当然ともいえる行為であった。
例え偶然だったとしても問題は無い。
しかもアルセイデスの蔦を量産できる彼らは親の援助を切られても盛大な結婚披露宴を行える。
王族の前でみすぼらしい婚約式をしてカインに恥をかかせるなどといった事も出来はしない。
意趣返しも出来ない完璧な婚約者である。
カインの噂を思い出し、国王はうぐぐと唸る。
一度もあったことのないカイン。しかし、影兵たちから行動を聞かされている国王にとってはもっともネッテに身近な悪い虫。相手が王族だから手を出さない。婚約者がいるからネッテに手を出すようなバカな真似はしない。そう安心しきっていた。
まさか既にネッテと相思相愛になっており、ランスロットのひと押しが二人の婚約の決め手になるなどと、果たして昔の自分に想像できただろうか?
「おのれっ。どこの馬の骨ともしれん小僧の分際で、我が愛しき娘を、このっ。このっ。これでどうだっ」
悔しさを全て手紙に向け、踏みつけ踏みつけ踏みにじる。
はぁはぁと息を吐きながらさらに踏みつけようとした王に、宰相は恐る恐る告げた。
「陛下、それ、ネッテ王女の書いた手紙なのですが……」
「……あ」
その後、ぶつけどころのないまま八当りのように書かれたコイントスへの手紙でコイントスの王が自ら謝罪に来ようとは、マイネフラン王も考えにも無かったようだ。




