その王女の危機を、僕は知りたくなかった
アルセが再びしゃがみ込む。
何かを摘み取ったようで、満面の笑みを向けて駆け寄って来た。
ダメだ。あの花の円らな瞳をみていると、ついつい股間を抑えてしまう。
トラウマが、トラウマがぁっ!
アルセは僕を放置してなぜかネッテのもとへ、ハンドツリーを見上げて呆然としていた彼女に龍の髭を一つ、手渡した。
ああ、ネッテにあげるのか。
そして再び近くの雑草畑に走り去って行くアルセ。
ネフティアとのじゃ姫も彼女の後を追ってなにやら楽しそうにしている。
お、あそこに有るのってもしかして……グラスローズ!!
丁度良いや、リエラにプレゼントしよう。
僕は皆から離れてグラスローズへと近づく。
透明なバラ。太陽光を浴びて煌めく姿はまさにバラ型のガラスや氷のようだった。
一輪採取してリエラに渡そう、そう思って振り向いた時だった。
ようやく起き上がったルルリカがネッテの持つ龍の髭に気付いたらしくあーっ!! と声を上げていた。
そして走りだすや、ネッテから奪い取って逃げ出した。
「ちょ、ルルリカ!?」
慌てて彼女を追うネッテ。
それに気付いたカインが何してんだと後を追う。
いや、カインが追う理由ないでしょ。って、なんでそんな焦った顔してるの?
丁度切り立った崖になっていた場所へと走り込み、慌てて止まるルルリカ。ネッテから奪取したまま走ったせいで頂上側に走り込んでしまったらしい。
崖の向こうは遥か真下まで吹き抜けです。
慌てて下がる彼女にネッテが追い付き龍の髭を奪い返す。
あっ。と思わずさらに奪おうとするルルリカ。
二人の手が龍の髭を引っ張る形になってしまった。
「ちょっとルルリカさん、いきなり何するの!」
「わ、私はこれが欲しいんです。譲ってください!」
「いきなり奪っておいてそれはないんじゃ、ないのっ!」
力を入れて引っ張るネッテ。即座に引っ張り返すルルリカ。
「成り上がるのよ私は! 私をバカにする村の奴らがうらやむ女になるの! 王子に見染められて、金持ちになって、皆見下してやるわ! この草も私の役に立てるのよ!」
本音、本音が漏れてますよルルリカさん。
幸いにも皆と距離が離れているのでここで彼女の独白を聞いているのはネッテとカイン、そして僕だけだ。
思わずカイン同様近付いちゃったよ。
「そんな理由で譲れるわけないでしょ!」
「全て奪うわ。ランス王子もこの草も、王国も!」
「あなた、ランスを愛してたんじゃないの!?」
「愛? 愛されてはいますよ私は。私、愛するより愛されたい派なんですよ。男を好きになったことなんて一度だって無いんだもの!」
「なんて奴、ランスが哀れだわっ」
「そんな王子に捨てられる王女も哀れですよね! 何もかも搾取されてください王女様ぁッ!!」
ばっと、龍の髭を奪い取るルルリカ。
どうだっ。とばかりに悪意ある笑みをネッテに向ける。が、ネッテは逆に驚いた顔をしていた。
遠く離れたレイル王子が「ルルリカ――――ッ!!」と叫びを上げる。
なんだ? と思ったルルリカがそのまま真下に落下を始めた。
下を見て驚いた顔をしながら崖から足を踏み外した哀れな女が落ちていく。
思わず手を伸ばすルルリカ。その手を、ネッテが掴み取る。
一気に引き上げるネッテ。ルルリカをなんとか地面に放り投げる。けど……
ルルリカを救うと同時に、自分の身体が傾き崖へと落下を始めていた。
……え?
マズい。そんな顔のまま、ネッテの身体が崖の下へと消えていく。
「ネッテ!?」
慌てて駆けるカイン。迷うことなく崖に飛び込みネッテの後を追っていた。
僕は走り寄り崖から顔を出す。
これはマズい。今のカインはなんちゃって勇者。奇跡的に助かる見込みなんて殆ど無いんだぞ!?
ネッテを追うカインが必死にネッテに手を伸ばす。
届け! 届いてくれ! カインが叫びながらネッテを追い、ネッテもカインに手を伸ばすが、自然落下は双方に平等だった。
くそっ、これじゃ二人が。
何か、何か方法は!?
焦る僕の視線の先で、ネッテ向けて飛行する熊が一匹。
スカイベアーが助っ人に来てくれたらしい。
ネッテを救わんと両手を向けて彼女を掴……めない!?
運悪く、ネッテを一度掴んだものの、落下の威力に耐えきれなかったらしくネッテを受け止め損ねた。
しかし、御蔭でカインとネッテの距離が縮まる。
必死に伸ばしたカインの手が、ネッテに届いた。
ネッテを引き寄せ、自分の身体で守るように抱きこむカイン。必死の形相で叫ぶ。
「ステータスブースト! 音速突破! 勇者だろがっ、こんな時くらい奇跡起こしやがれぇっ!!」
上空へと向けてスキルを使うカイン。その身体が光を発する。二つ名の変化が起こったらしい。
ネッテも真下に氷弾を打ち込み足場にするが、焼け石に水だ。
二人の頑張り空しく地表が近付く。
もう……ダメだ。
二人は互いに見つめ合う。まるで、死ぬ時は一緒だとでもいうように。
諦めたように、でも、何かを通じ合わせるように互いに見つめ、諦めたように笑うのだった。




