その悪女の策略を、彼は知らない
「そうねぇ。この辺りの山には……麓の森には動物系魔物が多いかしら? ゴブリンも結構出るけどメインの魔物はガルーね」
「ガルー……そう言えばのじゃ姫だったか、奴が呼び出したのも、ガルーだったな」
「基本能力はにっちゃうよりは強いくらい。突撃とパンチ、蹴りしか撃って来ないから初心者に戦闘経験を積ませるのに最適な魔物でもあるのよね」
ガルーさんが可哀想なので止めてあげてください。
なんて言えないのはファンタジー世界だからだね、国獣に指定されればともかくにっちゃうみたいに安全というわけじゃないガルーは討伐対象の魔物でしかなかった。
「稀に龍の髭が取れるらしいわ、この山」
そう言ったネッテはふと、気付いた様にアルセを見る。
「もしかして、それを取りに行くの?」
「何やら面白そうなお話しですね~ネッテさん」
微笑み浮かべてそいつがやってきたのは、ネッテが龍の髭と告げた途端だった。
今までランスロットにべったりくっついていたルルリカが何をトチ狂ったのかネッテに話しかけて来たのである。
「あら……誰かと思えばルルリカさん? 何か御用? 殿下と乳繰り合っているのではなかったのかしら?」
私に話しかけるなんていい度胸してるわね。そんな言葉を飲み込んで、笑顔でネッテが返答する。
笑顔なのに怖いですネッテさん。
「先程北の山に向われるとお聞きしまして。よろしければご一緒させて貰ってもよろしいですかぁ?」
何も考えてないバカ女を演じつつ、擦り寄ってくるルルリカ。顔は可愛いけどその視線は獲物をゆっくりと捕獲しようと近づく蜘蛛や猛禽類にしか見えません。
「あなたと同行する意味がないと思うのだけど? 行きたければ行けばいいじゃない。ランスと二人で」
「だめですよぉ、ランスロット様は王子なんですから。私の一存で危険にさらす訳にはいきません」
「ルルリカ、何をしている」
受付から戻るとルルリカがいなかったので、ランスさんが慌てて探しに来たようだ。
するとルルリカがネッテの直ぐ横にいるではないか!?
嫌な予感を覚えたランスは一目散に駆け付けたのである。
「あ、ランス様……皆さんで北の山に行かれるそうで、良ければご一緒させて頂きたいと思ったのですが、ネッテ様が……」
ルルリカはネッテの部分を強調して告げる。
その顔はまさに村八分にされたような悲しい笑みだ。
「ネッテ、貴様、ルルリカをまだイジメ足りないのか!?」
「……は?」
ひぃっ!? ね、ねねね、ネッテさん? 怖い。その顔怖いですっ!?
「ルルリカが一緒に行こうとわざわざお前と仲良くしようとしているのに、お前は……一国の王女として恥ずかしくないのか?」
うわぁ……KYがいた。空気読めないの略であるKYがいらっしゃる。
「側室候補だとわかっているのだろう。今のうちに仲良くしておくべきだと思わないのか。それとも自分一人以外は娶らせないという意思表示か? お前はそんな女だったのか?」
憤慨した様な王子の声に、ネッテの顔がさらに怖く……お、おお。なんだこの身体の震えは!?
理解できない恐怖が今、僕の身体を震わせております。
「い、いいんです王子様。私が、私が悪かったんですぅ。無理矢理ネッテ様に近づいたから、私、迷惑ですよね。すいません。御免なさい。謝りますぅ、すいませぇんっ」
わざとらしく謝りだしたルルリカ。さすがにネッテがブチ切れそうになっていたので、アルセを使ってネッテの裾を引いておく。
それで彼女の怒りが霧散した。アルセの微笑みに癒されたネッテは、表情を押し隠し、能面の顔でルルリカと王子に笑みを浮かべる。表情の無い笑みって、ここまで怖いんだね。
「別に嫌だとは言っておりませんよルルリカさん。付いてきたければ勝手にくればいいのです。アルセと相談して日取を決めますので、後日ご連絡いたしますわ」
「ほ、本当ですか!?」
「おお、やったなルルリカ」
両手を前にした二人が互いの指先を絡ませダブルのハイタッチ。
……あれ? これってハイタッチっていうのか? まぁ、ハイタッチでいいか。
別の名称があっても問題無いよね。僕以外日本の常識知ってる人ここに居ないし。
「それでは、私は帰りますねネッテ様」
と、言いつつネッテの横を去り際にネッテの足にワザと引っ掛かったルルリカが倒れる。
そこには丁度椅子が存在していた。
ルルリカがあ、しまった。といった顔をしていたが、そのまま椅子の座部に額を打ち付ける。
バキャッ
椅子の足がヘッドバットの衝撃で折れ、支えを失ったルルリカが椅子ごと地面に倒れていく。
驚いたネッテが振り向い……ダメだネッテ、そっち側から向いたら……
ネッテが振り向いたのは丁度テーブルを経由してルルリカを見る時計回り。
肘がネッテの飲んでいたグラスに当って落下、丁度ルルリカの後頭部に直撃、四散した。
中に入っていた紅茶らしいモノがルルリカを襲う。アツアツです。
はい、大惨事確定。
「る、ルルリカァ――――ッ!!?」
王子の悲鳴が響き渡るのでした。




