その賞金首の実力を彼らは知らない
森に分け入りしばらく経った時だった。
突然カインとネッテが戦闘態勢に入る。
なんだ? と思った次の瞬間、茂みが揺れる。
茂みが静かになったと思った刹那、茂みから飛び出す二つの影。
二足歩行する人型の豚頭が斧を上段に構えて躍り掛かって来た。
まさか敵の方から攻撃が来るとは思っていなかったカインたちが慌てて剣を引き抜く。完全な奇襲だ。
「奇襲だとっ!?」
「嘘でしょっ!?」
森から突如躍り出た二体のオーク。
斧を振り被ってからの渾身の一撃。
慌ててカインが一匹の斧を剣で受け流すが、もう一匹がリエラに迫る。
「ひぁっ」
小さく悲鳴を上げながらも咄嗟にアルセソードを引き抜き応戦。
余りにも遅い反応で力負けするかと思いきや、斧を刃先から真っ二つに切り裂いた。
アルセソード強すぎじゃないか?
さすがは大理石をも砕く蔦を加工しただけはある。
奇襲失敗より斧を破壊されたことにオークたちも驚いた顔をしていた。
なめらかに斬り取られた刃を見て思わずブヒィ? と唸っている。
「コル・ラ!」
驚くオークにネッテの氷魔法。
オークの手と壊れた斧を凍結させる。
ブヒッ!?
と、驚くように鼻を鳴らすオーク、慌てるように飛び退いた。
そこで皆が気付く。
すでに周囲を囲まれているという事実に――――
森の中に、蠢く影が見える。
全てオークだ。
手には斧、冒険者から奪ったのか鎧を着込んでいる者も見受けられる。
さすがにもう息を殺す気はないらしく、ブヒブヒフゴフゴとやかましいくらいだ。
「ま、マジかよ……」
剣を構えて周囲を見回すカインの前に、一匹のオークが現れる。
オークは堂々とした足取りで歩み寄る。
両腕にプロテクターを装備し、身体を覆うのはどこかの冒険者を倒して手に入れたのだろう、ライトメイル。
豚風情がかなり良い防具を装着していた。
そして、シミターというのだろうか、湾曲した剣を持っていた。
そのオークはシミターの歯を肩プレートに乗せており、威風堂々たった一人でカインの前へと歩み出た。
「ッ!? こいつ、バズ・オークか!」
それは目に見えて分かる他のオークとの違い。
右目にある刀傷。
浅いのか目を傷つける程ではなかったが、他のオークにはない傷だった。
ブヒッと鼻を鳴らすバズ・オーク。
剣をカインに向ける。
それはまるで俺と戦え。とでも言っているようだった。
カインを前に、剣を構えるバズ・オーク。
カインもまるで応じるように剣を構えた。
全ての音が消えうせたような静寂が一瞬、確かに作られた。
突如、気合いを入れるように咆哮するバズ・オーク。
戦いのゴングだとでもいうように、一気にカインへ飛びかかる。
凄まじい金属音が響いた。
カインのロングソードとかち合い一合二合、剣撃を見舞う。
対するカインは防戦一方、さすがに反撃に転じる隙を見いだせずに相手の攻撃を受け止めるに留めていた。
魔物と人の違いがそこにあった。
膂力はバズ・オークが一枚上手のようだ。
「カインさんっ!?」
「近づくなリエラッ、こいつ、ただのオークじゃねぇッ」
相手の攻撃を受け流しながらカインが叫ぶ。
駆け寄ろうとしていたリエラは思わず立ち止まる。
十合もの連撃を耐え忍び、見つけた隙にカインが打ち込む。
しかし、バズ・オークはそれを手甲で受け止めさらに一撃。
慌てたカインが剣を戻すが間に合わない。
ヤバイか? と僕が心配したけれど、それは杞憂だった。
「コル・ラッ!」
タイミングを合わせるようにネッテの魔法がバズ・オークを襲う。
が、バズ・オークは攻撃を取りやめバックステップ、氷結魔法をやり過ごし、まるで邪魔をするなとでもいうようにネッテに鼻を鳴らした。
「悪りぃネッテ」
「油断し過ぎよカイン。でも、これはリエラの経験を積ますには相手が悪過ぎね、カインでも手を抜けないみたいだし」
しかも……とネッテがバズ・オークの背後に視線を向ける。
そこには、ぞくぞくとオークが集結しつつあった。
十体はいるだろうか? 彼ら全てを相手にするには、カインたちでは荷が勝ちすぎた。
しかし、バズ・オークはオークたちに視線だけを向けると、ブヒッと一声。
オークたちが一歩下がるのを見て、彼らをカインたちの視界から隠すようにバズ・オークが移動する。
「はっ。俺程度は一人で十分ってか。言うじゃないか」
思わずカインが舌舐めずりする。
しかしその表情は緊迫し、脂汗が流れていた。
生唾を飲み込み剣を構え直す。
バズ・オークが仲間のオークたちに見守られるように剣を構える。
なぜだろう。その姿はまるでオーク代表の英雄のようだった。
ちょっと格好良い。歴戦の将軍とかこういう雰囲気なんだろうかと思ってしまう凄味があった。
勇者対オーク。
どちらが勝つか……なんてわかりやすいよな。
本来なら勇者が圧勝。最悪でも苦戦しながら辛勝をもぎ取るような相手だ。しかし、カインの顔は優れない。
バズ・オークはブヒッと鼻息をならして背後のオークたちを見る。
……あれ?
心なし、オークたちが震えている気がする。
まさか恐怖を感じているのだろうか?
バズ・オークは彼らを見て気力を振い立たせたのか、いきなり吼える。
あまりの気迫にカインがびくりとした瞬間、バズ・オークは突撃を開始した。
全体重を乗せきった渾身の一撃。
しかし、カインはそれを受け流すと、袈裟掛けに斬り降ろす。
バズ・オークは慌てて右腕でそれを受ける。
装備された手甲に阻まれカインの剣が止まった。
「手甲がやっかいなっ!」
互いに睨み合うカインとバズ・オーク。
一瞬ののち、互いに飛び退き距離を取る。
今度は慎重に間合いを詰める。
なんだろう、この、目を見張りたくなるような戦い。
相手はオークだぞ。ゲームでは序盤から中盤であっけなく倒されるザコキャラじゃなかったのか?




