SS・彼らの懺悔を僕は知らない
なんとなく思い立って作りました。
「ったく、面倒な」
シスター・マルメラは悪態吐いて懺悔室へと入った。
本日は神父が教会本部に呼び出されたということで留守しており、彼女が懺悔を聞く役になっているのである。つい最近、新しく出来てしまったのだ。この懺悔室が。
といっても、王国近くの教会の方が神父やシスターの数も多いので懺悔もあちらで行う事が多い。
こちらに来るのは少し頭のおかしな奴か、冒険者でこっちの教会を贔屓にしてる奴かくらいだ。
本日も、懺悔室は暇だった。
この時間はミサも無いし讃美歌が流れることもない。
マルメラが懺悔室の聞き手側に籠っているのだから誰がパイプオルガンを弾けるというわけでもないのだが、とにかく、誰も来ないのだ。
しばらく、ぼぉっとしていたマルメラ。今日はなにすっかな? 夕飯について考えていた彼女の直ぐ横の室内に、誰かが入ってきた。
懺悔が行われるようだ。
「懺悔室にようこそ」
定型文になるのだが、懺悔室にようこそ。あなたの罪を懺悔なさい。許します。この三つの言葉だけを行うのがマルメラの懺悔だ。神父であればさらに相手に対するフォロー等もいれるらしいが、彼女には出来ない。悪態つくのがせいぜいだ。
「あなたの罪を懺悔なさい」
「幼馴染がいる人を好きになってしまいました」
いきなり凄いの来たな。
「私、一目惚れで、好きになった彼に幼馴染の婚約者みたいなのが居るって知ったんですけど、諦められなくて。媚薬を使って彼と肉体関係を。それで、既成事実を作った後で婚約届けを出しました」
行動派過ぎるだろ。どんだけ肉食なのよ。というか、どっかで聞いた話な気が……
「……今では娘と息子もできて、家もできたので、これから幸せに暮らすんです。ただ、夫の幼馴染に居場所が見つかってしまって……」
寝取られた幼馴染可哀相過ぎるだろ。最悪だなこの人。
「私の罪、お許しください」
正直神様でも許せる段階ではないと思うんだが……まぁ、私関係ないし。とマルメラは結論付ける。
「許します」
「ありがとうございます」
悪女は去った。
のっけから頭の痛くなる懺悔だった。
はぁと息を吐くマルメラ。その隣の部屋に、新たな来訪者の気配。
「オルァ……」
あ、コイツ知ってる。
マルメラは気付いた。しかし何を言っているかは分からなかった。
涙を流しながらオルァ、ドルァと告げて来るのはおそらく某パーティーのツッパリだ。
そんな彼が言葉を止めたので、マルメラはとりあえず声を掛ける。
「許します」
ツッパリは泣きながら去って行った。
神父なら今の話にも的確な答えを返せたのだろうか?
溜息を吐きながらマルメラは次の来訪者を待つ。
「これが懺悔室? あのね、私、悪戯を止められないんですっ。そのせいで某エルフと某オークが出会ってしまって……」
問題児妖精が現れた。
「許します」
正直、許せる段階ではない気もするが、いいんだよね神父? そんな心の声をマルメラは虚空へと投げ捨てた。
そして、次の来訪者が現れる。
「のじゃ」
また魔物がやってきた。
魔物はのじゃのじゃと悲しげに告げる。
正直魔物の言語はよく分からない。なのでマルメラが言えるのはこれだけだ。
「許します」
「ここか懺悔室」
次に来たのは男のようだ。
噂でも聞いたのだろうか?
「大したことではないのだがな、私たちだけが甦り他の者たちや勇者様が未だ眠りについていることを懺悔したい、本来死んだ人間としてはもう表舞台に立つべきではないとは思うのだがな。それでも私は彼らの怨嗟の声が聞こえる気がするのだ。気休めかもしれんが話に付き合って貰いたい」
死んだ者ってどういう意味!?
この人頭おかしい人? いや、話し方とかは普通に堅物なおじさまみたいなんだけど。
マルメラはどこかで聞いたことのある声を聞きながら、漏れそうになる悪態を口内で飲みこんでいた。
「ゆ、許します」
「長話を聞かせてしまったな。すまん」
そういって、男は去って行った。
そろそろ、懺悔の時間も終わるころだ。ようやく今日の任務が終わる。
マルメラはそう、思っていた。
これ以上変なことは起こるまいと。
「胃が、キリキリするんです」
この病み始めた女が来るまでは。
「私、パーティーの皆に言えないことが多過ぎて、それがストレスになってるみたいで、胃が……どうしたらいいですか? こんな秘密、私一人が抱えるべきじゃないのに、ヒールライアの魔法弾でも一時的に回復するけど直ぐに……私にはもう、無理なんです。助けてください」
私が知るかクソビッチっ。
言えたならどんなに楽だっただろう。
マルメラは必死に悪態を飲み込みただただ一つの言葉を絞りだす。
「許します」
「許す!? え? あの、助けてほしいんですけど……」
「許します。あなたが秘密を抱える事を、許します」
「そんな……私はもう、秘密を抱えたくないのに……うっ。胃が……」
誰か助けて。それは少女の思いでもあり、マルメラの思いでもあった。




