その拳闘士がいたことを、彼は知りたくなかった
血涙を流しながら、ロリコーン紳士は裏番長を睨みつけた。
あなたの血は、何色ですかッ。そんなこと言っているように思える。
だけど、その視線を受けた裏番長は背後に居たバズを掴みあげると、豚はいらないわ。とばかりに投げ飛ばす。
また、全滅がちらついてしまう。
これだけのメンツが居ながら、どうしてこうも一方的にやられる相手が出て来るんだ。
再びロリコーン紳士の顔面を掴みあげる裏番長。
悔しげに睨みつけるロリコーン紳士。
のじゃ姫が泣きながら轟炎石を取りだしている。
もう、一瞬でもちっと二つの石を擦るだけで全身を包む火種になってしまうだろう。
けれど、彼女の決意も、紳士の貞操の危機も、そいつが全て抱き込んだ。
とんとん。と、裏番長は背中を叩かれた。
あら? 何かしら?
気付いた裏番長がそちらを見る。
今、取り込み中よ。後にして貰え……る?
そこには、一人の女がいた。
笑顔で蟀谷に青筋浮かべ、拳を握り込む嫉妬に狂ったエルフ様が。
邪魔者に対し、束縛する女の執念が発動した嫉妬の悪魔がついに動いた。
「私のバズさんに、何をしたぁッ!!」
魔王も裸足で逃げ出しそうな表情で怒り狂ってらっしゃいます。
投げ飛ばしましたねそういえば。
渾身の拳が裏番長に叩き込まれた。
細腕から繰り出されたはずの一撃は、インパクトの瞬間、ぎゅるりと回転し、ドリルのように肉を穿つ。
殺意のコークスクリューブローが裏番長のわき腹に突き刺さった。
今まで、殆どの攻撃を受けて無傷だったはずの裏番長が、その一撃で吹っ飛ぶ。
ヤバい、やっぱりこの人魔王クラスになっとる。
木にぶち当たり、折れた大木が彼の頭上から降ってきた。
立ち上がった裏番長は煩わしいとばかりに裏拳で木を撥ね飛ばすと、怒りの視線をエンリカへと向けた。
片腕の裏番長へ、エンリカは両拳を固く握り構えを取る。
その姿、まさにグラップラー。アーチャー要素、何処行きました?
片手でクイックイッと裏番長を挑発。掛かって来なさいとでも言っているようだ。
「ドリアードヒーリング! 精霊よ皆を癒して」
ドリアードって魔物じゃないの? ふと思った疑問があったけど、まぁいいや。今はどうでもいい。そのうち解るだろう。
精霊の癒しでロリコーン紳士が立ち上がる。
「あなたはのじゃ姫を守ってなさい。こいつは……バズさんの仇は私が討つわ!」
バズさん死んでないからっ!?
そんな僕の叫びなど無視してエンリカが走り出す。
裏番長もさすがにノーガードでは危険だと判断したのか拳を握ったままエンリカに襲いかかった。
体格差のある殴り合い。
顔面を穿たれたエンリカが鼻血を垂らしながら爆殺アパカで相手の腹を穿つ。
体内が爆発でもしたのか裏番長が血を吐いた。
確かに一撃の重さは裏番長の方が大きいらしい。でも、エンリカは両腕で、彼は片腕だった。
その違いは、この二人にとってあまりに大きい。
全力の一撃を叩き込む裏番長。その拳を髪の毛一つ分の差で避けたエンリカの滅殺クロスカウンター。
裏番長の顎を穿ち、その瞬間、脳を揺らされた裏番長ががくがくと崩れ落ちた。
乙女の咆哮を行い気合いを入れるエンリカ。もはや野獣です。
膝を突いて顔面がエンリカの目の前に来た事で、渾身の右ストレートが裏番長の顔面に陥没する。
さらに回し蹴りで完全に相手の意識を刈り取った。
強過ぎると思います。
僕を押さえて完全なバグキャラに進化したエンリカは、相手が痙攣するのを見下ろして、ふぅと息を吐いた。
裏番長からすれば予想外の敵だっただろう。
総長化した辰真ならともかくまさかのエルフに肉弾戦で負けるなど、彼には予想すら出来なかったはずだ。
ドリアードヒーリングでなんとか起き上がった辰真がエンリカのもとへ付いた時には、番長姿に戻った裏番長が……あれ? 番……長?
「オルァ!?」
その姿を見た辰真が慌てて番長に走り寄り抱き起こす。
夕焼け色に染まりだした日差しが湖に差し込んで来る。
茜色に染まる空に、男達が二人、思いがけない再会に涙する。
「オルァ!?」
なぜ、なぜお前が裏番長なんだ!?
そんな驚きがあった。
上半身を抱き起こされた番長は、夕焼けに照らされる辰真を見上げる。
丁度辰真の背後に夕日があるので彼は辰真の影になっていた。
力ないオルァで番長が応える。
辰真さん、すまねぇ。やっぱ俺にゃ、皆を纏めるのは無理だった。
悔し涙を流し、番長は告げる。
……え? 待って、まさか、まさかだけどこの人は……
なぜだ現番長、お前、なぜ裏番長なんかにっ!?
辰真の言葉に、現番長はふっと儚げに微笑んだ。
辰真さん。奴を、ロドリゲスを止めてくれ。そして皆を、頼んます。
震える手で辰真の手を掴み、彼は思いのたけを告げ、そして……逝った。
「オルァッ!? オルァ……おるあああああああああああああああっ」
友の亡きがらを掻き抱き、辰真の慟哭が響き渡る。
この人は、裏番長の最初の被害者だったのだ。
つまり、まだ、奴は生きている。
もう一人の裏番長が、この森に生息している。
ツッパリたちを守らねばならない。友の志を、引き継がねばならない。
辰真の胸で安からに眠る番長の瞳をそっと閉じ、辰真は涙を拭き取った。
まだ、何も終わっちゃいない。成さねばならないことがある。
漢、辰真は決意する。
プライドがどうのと腐っている場合じゃない。やらねばならぬことがあるのだ。
櫛を取り出し髪を整える。さぁ、歩きだそう。腐っている時間はもう終わりだ。
総長辰真が動きだした。




