その納得の存在を、僕らは知らなかった
「ネッテ……さん」
初めに反応出来たのは、リエラでした。
うぐっと吐きそうに口元を押さえる彼女の背中を、葛餅が撫でている。
リエラ、本当にプレッシャーに弱くなったね。
今なら状態異常に胃潰瘍とか付いてるんじゃないかな?
当のネッテは能面の顔でカインとメリエを見ている。
気付いたメリエが挑発するようにニヤリと笑みを浮かべた。
まさにセレディに対面した時のエンリカのように、お前の男を奪ってやるぜと強気な視線でニタリとほくそ笑む。だが、わかっているのかメリエさん、ネッテは強力な魔術師なうえに、この国の王女様なのですよ? 寝取りとか、不敬罪でカイン共々死刑とか、あり得ますよ!?
どうなる? どうなるの? どうなっちゃうのコレ!?
「ったく、カイン、さすがに往来の前でそれはどうかと思うわよ。バカップルじゃないんだから」
呆れた口調で諭すように告げるネッテ。
……あるぇ?
おかしいな、ここはこの泥棒猫がぁ。とか切れてコ・ルラリカ打ち込むか、何してるの、カイン? と底冷えするような笑みを浮かべてコ・ルラリカ打ち込むか、無言のままコ・ルラリカ打ち込むところじゃないの?
あまりにもどうでもいいと言った態度のネッテに、皆が揃って唖然としていた。
エンリカが恐る恐るネッテの肩を叩く。
「ん? なにエンリカ?」
「あ、あの、カインさんにメリエさんだっけ、キスしてましたよ……ね? その、嫉妬とか、しないんですか?」
「へ? 嫉妬、私が? カインとメリエさんに? いや~ないない。他人の色恋に首突っ込む気ないって」
あははと笑うネッテ。
あっるぇ? カインとネッテって出来てないの? カップリング成立してない?
「あ、あの、ネッテさん、カインさんと恋仲なんじゃ?」
思わず、リエラが単刀直入に聞いていた。言ってからしまった。といった顔をするが、ネッテはぶふっと噴き出すように笑うとあははと手を振って否定する。
「そっか、私とカインがパーティー組んでたからもしかして勘違いしてた? 御免なさいリエラ。私とカイン、そんな関係じゃないから。それに、私許婚いるし」
……は?
「は?」
僕の心の声とリエラの間の抜けた声が見事にハモリました。
っていうか、許婚? IINAZUKE!!?
「「「「ええええええええええええええええええええええええええ!!?」」」」
リエラ、エンリカ、クーフ、メリエが見事にハモって驚いていた。
辰真達も驚いていたので、オルァ!? とかフォッ!? とかのじゃぁ!? とかブヒィッとか聞こえたけれど、まぁ全部同時だったのでよく分からない言葉になっていた。
「いや、だって私、王女だし。普通に許婚の王子がいるに決まってるじゃない」
当然とばかりに告げる王女様。Oh。確かにそう言われればそうでした。
王族なのだから当然市民との色恋など許されるはずもない。
たとえ自称勇者の冒険者といえど許される訳の無い恋だったのだ。恋してないけど。
そして、生まれた時から王族同士で許婚がいるだろうことも、王族ならむしろ当然とも言える。
いや、僕の世界ではなんだけどね。下手したら過去には兄や父と婚姻とかの王族も居たくらいだしね。そっか、王女は政略結婚だ。ちょっと納得。
「か、カイン様、本当ですか?」
「え? ああ。ネッテには許婚いるぞ。今は……確か学園都市コルッカで学生してたんじゃなかったか? 俺としてもネッテを彼女になんて恐れ多いことは無理だぞ」
「そうそう、カインなんてムリムリ」
「いや、それはそれで傷付くんだけどな?」
あれ? ちょ、待って、今、僕らは頭がぐちゃぐちゃで事実を理解できないよ。
リエラ、助けて。いや、リエラも同じ状況か。
皆が衝撃の事実に戸惑いを隠せない。
唯一ロリコーン男爵が踊るアルセを見てほっこりしてるくらいだ。
……うん、いいな。アルセの踊り可愛い。素敵だよアルセ。
なぜか自然とアルセの踊りを見始めた面々。
皆、考えを放棄してしばしアルセの踊りにほっこりとするのだった。
……と、いうわけで。
「そうなんですか。私、てっきり二人が恋仲だとばかり思ってました。メリエさんを加入させるっていうし、カインさんとネッテさんの仲が悪くなるんじゃないかって」
「我も二人はそのうち結婚するのだと思っていたぞ。驚きの事実だな」
クーフもさすがにこれには驚いたらしい。頭を掻きながら照れ隠しをしている。
いや、こんな無知を恥じる意味はないよクーフ、どうみても予想外だし。
「じゃあ、カインさんはフリーなんですよね!」
「え? あ、ああ。そう、なるのかな。そういえば前は結構モテてたのにネッテとパーティー組んでからはめっきりだったな?」
「そういえばそうね。もしかして他の人たちも勘違いしてたのかしら。やーねー」
いや、紛らわしいお前らが悪いと思います。
心の痞えが取れたように安堵の息を吐くリエラ。
だが、彼女の心労はまだ終わっていなかった。
「あ、カインさんたち、こんなとこ居たんですか?」
「エンリカお久ー」
「ブヒァ――――ッ」
南方面から見知った男女が僕らのもとへとやってきた。バルス君とユイアだ。二人とも別れた時の姿そのままにこちらに手を振りやってくる。
北から切羽詰まったように女性冒険者を背負って走る豚さんが迫ってきた。
バルス。ユイア、そしてセレディ・オークが今、一か所に集まろうとしていたのだった。
一難去ってまた一難。今度こそ女同士の闘いが行われるというのかっ!!?




