その朝食の素材を、彼は知らない
「あら皆さんおはようございます。お食事できてますよ?」
一日明けるとなぜか笑顔満面のルイーズさんが出迎えた。
今はエルフニアの住民全員で式場準備中らしい。
僕らはゆっくり朝食を食べて昼ぐらいまでのんびり家で過ごしてくれとのことである。
で、皆の前にデンと置かれるステーキ。
じゅうじゅうと音を立てて美味しそうである。
というか、朝からステーキですか?
フォークとナイフで食べるようだ。
全員に配り終えたルイーズさんは笑顔で告げる。さぁ、召し上がれ。
「エルフって肉食べるのか? なんか野菜系とかしか食べないイメージだったけど」
と、カインが肉を頬張り噛みしめる。意外と美味いなと作り手に酷い感想を告げていた。
意外とってどういう意味だよ。ルイーズさんは気にしてないみたいだけど。
カインが食べたので皆も一斉に食べ始める。
「エルフだって肉は食べますよ。ただ野菜の方が好まれるというだけで、狩った獲物を料理するのは当然です」
カインの質問にはエンリカが答える。
そんなエンリカはしきりに周囲を探していた。
そう言えば、結局昨日から戻ってないバズ・オークはどこ行ったんだろう?
「ホント、結構おいしいわね。これ何の肉?」
「昨日、良い肉が入ったのよ。オーク肉って独特の臭みがあるのだけどエルフ特製のハーブと焼けば美味しく……ってどうしたの?」
オーク、その単語が聞こえた瞬間、皆が何とも言えない顔でフォークを止めた。
え? ちょ、ちょっと待ってルイーズさん、今、聞き捨てならない単語を聞いた気がするんだけど。え? オーク肉?
「あ、あのルイーズさん、この肉って……」
「ええ、昨日狩ったオークの肉ですが? あらぁ、お口に合いませんでしたか?」
「ば、バズゥゥゥゥゥ!!?」
カインは思わず叫ぶ。
「ブヒァ?」
そしてタイミング良く玄関から現れるリカードさんとバズ・オーク。
い、生きてた。生きてたよバズ・オーク。
今、食っちまったかと本気で焦ったよ!
「あ、あなた、無事なの!? 無事なのよね!?」
「ブゥ?」
何のことだ? とばかりに首を捻るバズ・オーク。
一先ず安心した。どうやらこのオーク肉はバズ・オークの肉ではなかったらしい。
あれ? でも、そうするとこのオークは、野良オーク?
「いや、良かったっちゃよかったんだが、なんか食べる気になれないんだが……」
「もしかしたらバズ・オークと同じように生活していたオークかもしれなかったと思うと……」
「ぶひ?」
何食ってるんだ? とエンリカに近づいたバズさんは、あろうことか食卓に出ていた肉をパクリ。
ネッテの呟きは聞こえてなかったらしい。
え? ちょ、え?
「ぶひぷぃ」
なかなか美味いな。じゃないよ!? 共食い!? 今、共食いした!?
オークがオークをえええええ!?
「あ、ああ、アナタ。だ、大丈夫なの!?」
何も知らないバズさんにエンリカが焦燥感溢れる顔で控えめに聞いているが、当のバズさんは何のことか理解できずに首を捻る。
「ぶひ?」
何のことだ? そんな無垢な瞳を向けられたエンリカは押し黙るしかなかった。
訳のわからないバズ・オークはカインを見る。カイン、目を逸らす。
ネッテ、目を逸らす。リエラ……胃を押さえて蹲る。
「まぁ、頑張れ」
クーフの気の無い返事に首を捻りながら頷くバズ・オーク。
すまん、僕も何も言えねぇ。
「と、ところでバズ・オークは何してたんださっきまで」
「ぶひ」
「私と二人で飲み明かしていたのだよ。確かに彼はオークだ。それでも我が愛しき娘が選んだ伴侶。ただ否定するだけではいかんと発起してな。まずは納得できるまで語り合う事にした。そりゃあ今も首を捻り殺して絞めたいとも思うが、人柄だけは確かに納得できるモノがあった。複雑だよ、本当に」
きっとリカードさんは一皮剥けたのだ。いろんな意味で。
今はまだ難しくともバズ・オークを笑って家族に迎え入れることが出来るはず。
バズ・オークを殺す前にそこまで行けるといいけどね。
「そういや、今日結婚式やるんだっけ、こんな急でいいんですか?」
「いいんだ。むしろ即行の方が良い。皆がうすうすオークの嫁にエンリカが成ったと分かる前に、影で噂されるより先に事実を突きつける。少しでもオークの忌避感を払拭させるには今日中に結婚式を行いエルフ中にお披露目してしまうのが一番被害が少ない。主に私達の」
自分たちの保身が第一でした。おいリカードさん!? いや、良いけど。良いんだけどさぁ。
確かにこれから後ろ指指されるなら開き直っておいた方がいいだろうけどさ。
「聞いたぞエンリカ。始めはお前から襲いかかったんだってな」
「え? っちょ、バズさん、それは言わない約束ですよぉっ」
「ぶひぁ」
困った顔のバズ・オーク。どうやらリカードさんに無理矢理吐かされたようだ。
御蔭でバズ・オークへの怒りが少しだけ和らいだらしい。
これで嫌がるエンリカをバズ・オークが押し倒していたりした日には、今日の食卓に右目に刀傷のある豚の顔が出されててもおかしくなかっただろうしね。




