その豚がどこに行ったのかを、彼らは知らない
「あり得ん、どうなっている。ルイーズ、なぜあんなことを?」
焦燥感溢れる顔で我が子をいとおしむエンリカを見守るリカード。
ここはエンリカが住んでいた部屋である。
そのベッドに上半身だけ起こしたエンリカが第二子であるハーフエルフの子を愛でている。
先程まで大泣きしていたモノの、産婆さんの助けもあって今は寝付いている。
エルフの産婆も驚いていた。
オークに孕まされた娘がハーフとはいえエルフを産んだのだから。
ただ、耳が豚さんなんだよね。尖ってるけど。
自己主張の強い遺伝子はハーフエルフの尻上に豚尻尾を生やしていた。
なんとも生き辛そうなハーフエルフになりそうだ。種族はオークエルフ? それともエルフオーク? 豚鼻じゃなくてよかったね。
とりあえずエルフからは迫害されると思われます。
「ちゃんと、エルフを産みましたよお母さん」
なんかもう、見るからにやつれて十歳ぐらい年取った顔のルイーズさんは遠慮気味に頷く。
ついさっき約束した無理難題をいきなり突破され、理解できてない彼女は混乱したまま肯定してしまっていた。
つまり、彼らは祝福せねばならないのだ。
憎きオークに寝取られた娘の幸せを、このエルフ村で、結婚式を開くという悪夢で。
「オノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオークオノレオーク……」
リカードさんは先程からその言葉しか言ってません。もう、壊れるんじゃないですか、彼の精神力はもう0だ。
そんな彼の精神状態を察したエンリカは、お父さん。と声を掛けてハーフエルフの子を彼に抱かせる。
もう、精神的に限界だった彼はその子を抱き上げ、顔を見る。
無邪気に眠る赤ちゃんの顔。顔だけは、エルフだ。
彼に罪などあろうはずがない。
顔はエルフ。エンリカを思わせる可愛らしい顔をしている。
耳が気になるがそれ以外は、彼が昔抱き上げたエンリカと変わらない。
泣いた。リカードさんはただ、涙を流して孫を優しく抱きしめる。
「神は、彼らを祝福せよというのだな……」
何かを悟ったようにリカードさんは天井を見上げる。
いやいや、偶然、マジに偶然だから。
きっとエンリカさんの乙女の一念が奇跡を起こしたんですよ。
「良いだろうエンリカ。今日、村長に告げ、明日に結婚式を取り行おう」
「いいの、あなた?」
「生まれるはずの無いエルフが生まれた。それもお前が条件として告げたタイミングでだ。まさに天啓。神はエルフとオークの婚約を認め、我々に祝福せよと仰せなのだろう」
ああ、リカードさん、なんかもう壊れてたんだね。
悟りを開いた聖人のような影のある笑みをルイーズさんに向けるリカードさん。
儚げな微笑みに、ぶわりと涙ぐむルイーズさん。「あなた……」と告げるもそれ以上言えることなくただ口を両手で塞いで泣きだした。
彼らはついに苦渋の決断を下したのだ。
夜も更け始めたため、リカードさんが一人村長宅へと向かって行く。
ルイーズさんは少し疲れたそうなので休んでもらい、夜食はネッテとカインが作ることにしたらしい。
冒険者経験が長いので自炊ができるとか、ネッテ王女万能です!
ちなみに、リエラは料理が苦手らしいので辞退していた。
何も出来ない新人さんってどうなんだ?
今のうちに料理覚えた方がよくない?
結局、この日はエンリカの自宅に泊ることにした。
人数が多いので男性陣と女性陣に分かれて寝ることになった。
アルセの関係で女性の部屋に向った僕は、リエラにばれて追い出されました。
何気に酷いですリエラさん。一度も心のシャッター押せなかったじゃないか。
男性の居る部屋に入ろうにもドアは既にしまっているので入れない。
今開けたら心霊現象になるし、あれ、僕はもしかしてここで野宿ですか?
家の中で野宿、それ、何の罰ゲーム?
トイレで寝ろというのですか?
いやいや、普通に誰か来そうだから止めとこう。
どこに寝ればいいかな……!?
暗くなった廊下の先に、ぼぅっと誰かの輪郭が浮かんだ。
血涙流すその美貌の男に、思わずひぃっと声が漏れる。
り、リカードさん?
リカードさんはぎぃっと男達の居る部屋のドアを開く。
驚く男達。
丁度身体を拭いていたらしい。
いや、男のサービスシーンとかいらんから。カシャッ
ちょぉぉっ!? CG激写なにやってんの!?
クーフの肉体美とかカインの刀傷多い細マッチョとか、豚の裸体とかいらんから。
というか裸の辰真が男前過ぎて恐い。全開う○こ座りはダメです。
そんな彼らはドアを開いたリカードさんを見て固まっている。
「バズ君、少しいいかね? 二人きりで、話したいのだが」
「ぶ、ぶひ!?」
「あ、じゃあ俺も一緒に」
「カイン君、自重してくれ、これは……家族の問題だ」
口から血を零しながら家族と告げるリカードさん、本当に大丈夫ですか?
回復魔弾打ち込んだ方が良い? あ、魔銃ないんだっけ。
バズ・オークはごくりと生唾飲み込んで、服を着込む。
「ブヒ」
行きましょう。
覚悟を決めて豚さんは一人、リカードさんに付いて行く。
僕は追うべきなのだろうか?
けど、僕が向おうとした途端「ぶひ」と告げるバズ・オーク。お前も休んでいるがいい。そう言われた気がした。
全開になっている部屋に上がり込んだ僕はバズ・オークの代わりに彼のベッドを使わせて貰い眠った。
結局、この日バズ・オークが帰ってくる事はなかった。
彼がどこに連れて行かれたのか、僕らは……誰も知らない。




