その存在を、彼らは知りたくなかった
「父さん、母さん、実はその、紹介したい人がいるの」
エンリカがそう告げた瞬間、リカードさんは咄嗟にカインを見た。
悩む。次に隣に座っていたネッテを見る。
どうやらカインではないと思ったらしい、次に視線を向けたのは辰真。
しかし、こいつも紹介したい相手ではなさそうだ。
そう思ったのだろう。リカードさんはクーフに視線を向ける。
さすがに怪訝な顔をしていた。
ミイラ男に懸想などしないでくれよ。
そんな思いを込めて、誰を紹介してくれるんだ? そんな不安に満ちた顔をしている。
そんな彼の思いは全て外れた。最悪の形で。
「じ、実は父さん、母さん。私、この人と結婚したいと思ってます!」
腕を引き寄せるエンリカ。
彼女に引き寄せられたのは、カインとは逆隣に位置していたバズ・オーク。
リカードは彼に視線を向けた。
思わず目を擦る。豚に見えるが人間だったろうか?
瞬きを二度して目を凝らして確認する。
何度見ても、オークだ。彼が何かの見間違いで豚っぽい人間になる訳もない。
立派なオークだ。
エルフ族の女性を拉致し、望まぬ子を産ませる害悪として有名な、オークなのである。
「ぶ、ぶひ……」
あの、エンリカさんとお付き合いさせていただいているバズです。
緊張した面持ちでバズ・オークが告げる。
カラン。ルイーズさんが追加で運んで来ていたサラダのような物を床に落としていた。
木製の器が地面に落下し中身のサラダが散乱する。
「え、エンリカ……もう、一度……き、聞き間違いよね?」
驚愕に目を見開くルイーズさん。
リカードさんも酔いが一気に覚めたようで、目を見開いて呆然としていた。
そしてバズ・オークに殺意の視線を込める。
これを見たリエラが急に胃を押さえてうずくまりだした。
「お父さん、お母さん、私、エンリカ・エル・ぱにゃぱは、こちらのバズさんと婚約しました」
エンリカは突然の訃報……報告で付いて行けてない両親に、更なる爆弾を破裂させていた。
「ま、待てエンリカ、付き合うではなく、婚約……した?」
「はい。マイネフラン王国で婚約届けを既にだしました。バズさんを婿として、受け入れてください」
そこ、普通は娘さんをくださいってバズ・オークが言うべきとこでしょ!?
なぜ娘のエンリカが貰われるのを了承してくださいみたいに言っちゃってんの!?
強気過ぎですエンリカさん。
「ふ、ふざけるなッ、オークに、オークに我が愛娘を差し出せだと!?」
「ぶ、ぶひ!?」
突然テーブルを叩きつけて立ち上がったリカードさんに驚くバズ・オーク。
「お、落ちついてください、え、エンリカもほら、出会いとかなぜバズ・オークと付き合おうと思ったかとか、そういうの告げないと、いきなり言われても混乱するだけだろ!」
「そうよ。エンリカだって最初はオークは危険な生物って思ってたんでしょ。リカードさんたちに説明なく、バズ・オークの嫁になったって言っても怒るだけよ!」
カインとネッテが慌ててフォローに動く。
それもそうですね。とエンリカが失敗した。みたいな顔をしていた。
そして話し始めるバズ・オークとの馴れ初め。
乙女妄想が存分に入った夫自慢は聞くに堪えない。
リカードさんもルイーズさんも信じたくないといった顔をしている。
まぁそうだろう。
なにせ相手がエルフにとっては悪妙高いオークなのである。
いくら国で活躍したオークだといっても、紳士的な存在だとしても、リカードさんたちから見ればバズ・オークは武装しただけのオークでしかない。
「……だから、バズさんとの結婚、認めてくださいッ!」
「だが断るッ!!」
娘の一生に一度のお願いを、リカードは即断即決で叫んだ。
一人の男として、父として、娘が誤った道を突き進むのを阻止しなければならない。
オークと結婚? 絶対に、絶対に許せるはずがない。
「お父さんっ!」
「確かに、お前の幸せを考えるならば好いた男と添い遂げるべきだろう。だが、だがだエンリカ。オークは、ないだろう。それはあまりに……酷だろう? 頼むエンリカ、頼むからそいつとの婚姻だけは認められない。他の奴ならば、カイン君でも辰真君でも、ましてクーフ君でもまぁ許そう。だが、そいつはダメだ。いや無理だ。父として、そしてエルフとして絶対に認めるわけにはいかん!」
「私だって、絶対に認めて貰います。私はバズさんと一生を共にして、幸せになります!」
「か、考え直して、エンリカ。ね、まだ結婚前なら、なんとかなるわ。母さんも父さんも、自分たちの娘がオークと結婚したと後ろ指差されるのが嫌な訳じゃないの。あなたのためを思って言ってるのよ。わかって!」
ルイーズさんが泣きそうになりながら必死に説得する。
女同士なのだから普通の結婚に関しては父親を説得する側に回ってくれるべき母親は、今回エンリカの敵として彼女を引きとめるようだ。
だが、そんなルイーズさんの思いを無にするように、エンリカは更なる爆弾を投下したのだった。
「紹介するね、お母さん。この娘が、私とバズさんの愛の結晶。バンリよ」
と、用意していたかのように豚娘を抱え上げるエンリカ。
ルイーズさんがふっと意識を手放した。
慌ててリカードさんがそれを支え、バズ・オークを睨みつける。
「貴様は……貴様は、娘に手を出したのかあぁぁぁぁ――――ッ!!!!!!!」
レディィ・ファイ! 僕は思わず叫んでいた。
バズのバ、エンリカのンリ。二人の名前からエンリカが名づけましたw




