その魔物がテーブルマナーを知っている理由を、彼らは知らない
そして、カインたちは宿を取る。
さすがはファンタジーとでもいうべきだろうか。
カインという男がいるのに、普通に一部屋だけ取りやがった。
一部屋に男一人、女三人。
一部屋に男一人、女三人。
超重要なので繰り返しておく。
勇者、断じて許し難しッ。
カインが暴挙に出た場合、確実に潰すと決意する。
僕は殺さずの誓いを破る所存でございますっ!
木造の宿屋は、部屋の内装も木でできていた。
温かみがあると言えばいいのだろうか。
照明がわりとでもいいそうな蝋燭が丸テーブルに置かれ、その周りの椅子は四脚。
さらにベッドも四つあり、トイレまでが完備されている。
壁には冬用だろうか? 暖炉が設置され、その隣にはよくわからない絵画が掛けられている。
茶菓子でも置いてあれば普通に旅館としてもやってけそうだった。
「とりあえず、俺達は明日は休んで明後日には装備を整え依頼を探しに行く。リエラはどうする?」
「そうですね。親元飛び出した訳ですし、戻るのもどうかと。それにほら、アンブロなんとかを発見とか、冒険者冥利に尽きますよ。駆けだしの私がそんな偉業に立ち会えるのなら、ぜひ……」
「でも、ミクロンが解読できるかどうかすら不明よ。第一あの森にあるかも全く分からないし」
「でも、確かめに行くのは面白そうだよな。一度踏み入れておくか。ヤバけりゃ引き返せばいいんだ」
簡単に言ってくれるなカインめ。
それで美女二人を亡き者にしたらお前どう責任取るつもりだ。
ちくしょう、思いっきり怒鳴りつけてやりたい。
うーん。でも、ベッドで寝たいなぁ。
僕も寝転んでみたいなぁ。
昨日は野宿だったし、やっぱり寝れるならベッドの上がいいんだよね。
まぁ、リエラにバレたらどうなるか怖いので無理なんだけど。
……ベッドの下しかないかな。
「それじゃ、そろそろ食事に行きましょ」
「あ、そう言えば食事してなかったですね」
「酒は飲むなよネッテ」
「はいはい。残念だけど飲まないでおくわ」
食事か……僕もアルセの分でも貰うべきかな?
なんてことを思いながら、彼らに続いて食堂へ。
食堂に付くと、僕には幸運な出来事が待っていた。
なんと、バイキング方式。
いくつか食事が並べられていて、そこから気に入ったモノを取ってくる方式だ。
これなら腹一杯食べてもバレない。いける!
ただし、自分一人だと万一の事もあるので、アルセと共に食事を取りに行くことに。というかその場で食べていくことにする。
まずは置かれていたトレーをアルセに持たせる。
さらにトングを持たせ、トレーに皿を乗せる。
準備万端で戦地に向おうとすると、ネッテが驚いた顔で近寄ってきた。
「ちょっとアルセ、あんたよくわかったわね」
「おおっ、そういやぁアルセのヤツ魔物じゃないか。どうして食事の取り方わかってるんだ?」
ネッテの言葉にカインとリエラもそう言えばと驚く。
当のアルセは首を傾げていた。
「いや、そんな。なんでそんなこと聞くのみたいな顔されても……」
どうせコミュニケーションはできないのだ。
と、僕はアルセの向きを変え、食事の置かれた場所へと向う。
アルセを持ち上げる僕。思わず周囲が二度見してくるが僕についてばれる様子はないので気にしないことにした。
アルセの身体を動かしトングで一つ取り上げる。
多分だけどショートケーキ。
乗ってるのがイチゴじゃなくてよくわからない果物だけど、青いイチゴだからブルーベリー……だと別の果物になるな。とりあえず青イチゴ。
その行為でアルセもここで何をすればいいか理解したらしい。
トングを使い自ら食事を取り寄せる。
それを見た僕はトレーが落ちないよう支えてやりながら、空いた手を使って片手で食べられそうなものを選んでその場で食べていく。
一応、バレにくいように手で隠せるくらいの小さい物を選んでおいた。
透明人間であれば食べたモノが消化される様がみられる訳だが、僕は存在が気付かれない状態なので、食べた瞬間その食べ物の存在が僕に遮られ消えてしまう。まぁ、ようするに気にせず食べられる訳だ。
食べる前も手で隠しておけばそこに食べ物は存在しないというように……いや、この辺りはどうなんだろうか?
まぁ、これだけ人が多いんだし見つからないだろう。
アルセの食事選びが終ると、カインたちが待っていた席へと連れて行く。
僕もとりあえず満足できるまで食べておいた。
できるなら取り置きしておきたいのだけれど、持っていると色々問題になるだろうから止めておく。その分思いっきり食べておいた。
リエラの横に向かわせると、リエラが気を利かせてトレーをテーブルに置いてくれた。
食事をするためのスプーンやフォークは各テーブルに置かれているらしい。
僕は何の気なしにそこからおしぼりを取り、汚れた手を拭いてしまう。
アルセ用のトレーの横に置くと、アルセもマネして手を拭きだした。
「なぁ、アルセ、本当に魔物か?」
「私に聞かれても……」
「おしぼり、どうやって取ったんだろ? 魔法かな?」
三人ともアルセの奇行に驚いていた。
というか、やっぱりリエラだけは先程空中で広げられたおしぼりのあった場所、つまり僕が手を拭いていた空間を訝しげに見ている。
手を拭くのに飽きたのか、リエラからスプーンとフォークを受け取り両手に構えるアルセ。
右手にスプーン、左にフォーク。右見て、左見て、首を捻る。
仕方がないので僕が食事を手伝う事にした。
アルセが取っていた木の実だろうか?
フレーク状にされたものをスプーンで掬い、アルセの口元へと持っていく。
アルセの両頬を指で押し、口を開かせスプーンを入れてやると、ようやく食べる為の道具だと知ったらしい。
フレークを食べたアルセに、今度はプチトマトの緑色バージョンをフォークで突き刺し口元へと持っていく。
それでも喰い方が分からなかったらしいので、手でトマトだけを押し入れ、フォークを口から取りだしてやる。
するとどうだろう。今度は自分で食事を始めてしまった。
「すごいな。前に人間と一緒に居たことあるんだろうか?」
「うーん。謎ね」
「まるで……親が横に居て世話焼いてるみたい……」
ぽつりとつぶやいたリエラの言葉に、僕は思わずひやりとした。
けれど他の二人はただの呟きと捉えたらしく、それ以上話を展開させることなく自分の食事を開始した。




