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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
 第二話 その町の名を彼は知らない
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その文字の意味を彼らは知らない

 城門をくぐると掛け橋があり、その先に城が存在していた。

 木製の橋の下は堀になっていて、水面を泳ぐ魚の影がちらほらと見える。

 大阪城などと比べると水が澄んでいて堀の底まで見通せる綺麗な堀だった。


 橋を過ぎると城門と同じ石質で造られた巨大な城にある赤い観音開きの扉が開かれる。

 その城門を開いているのは、左右三人程の兵士たち。

 開くたびに彼らが押しているのだろうか。随分辛そうだ。


 さらに、僕たちが入ると内側に付いていた縄を引っ張って城門を閉め始める。

 彼らのオーエス、オーエスという掛け声を聞きながら、僕たちは石造りの廊下を奥へと進んでいった。


 光がなくなったため薄暗くなるが、周囲の壁に設置された燭台に火が灯る。

 ただ、自然光がなくなったせいだろうか、アルセがぶるりと震えていた。

 心配だったので頭を撫でてやる。


「ネッテ、なんとかしてくれよ」


「何を?」


「アルセの奴が俺の命を狙ってやがるんだ」


「カインさんがアルセにリアクションしろとか言うからですよ」


「ふーん。自業自得なのね。自力で何とかしなさい」


 にべもなかった。

 しばらく歩くと階段があり、そこから先は壁の一部が四角く切り取られ、日光を取り入れられるようになっていた。

 その太陽光が当たっているところを歩く時だけ、アルセの震えが止まる。


「なんだか、さっきからアルセの様子がおかしい気がする……」


「光合成できないから不安がってんだろ」


「それについても分かると思うわよ。調べるの好きな人だから」


 ここよ。と階段を上がったネッテは一つの部屋のドアを開く。

 部屋の中はインク臭いというか、書物塗れの部屋だった。

 本棚が幾つもあるが、それに収まりきらない程の本が様々な場所で人の高さほど積まれており、さらに床が見えない程に散らばっている。

 そんな本たちに埋もれるように一人の男がいた。


「ミクロン、ちょっといいかしら?」


「……あまりよくありませんが。その声から察するにネッテ様ですな」


 書物から視線を上げ、ネッテを見上げる男。

 長い前髪がメガネにかかり、それを邪魔そうに脇へよせると、冷めた視線でネッテの後ろに居るものを見つめていく。


「アルセイデスをテイムしたのですか。あなたがテイムを行うなど珍しい。そして私のもとへ来る。なるほど、これは興味深い」


 本に栞を挟み閉じると、その場から立ち上がる。

 ずぼらな性格なのか、乱れた髪を揺らし、腹を掻きながら、本を踏みつけやってくる。


「では、用件を聞きましょうか」


「そうね、できればもうちょっと開放的な場所でできない?」


「構いませんよ。隣の書斎に向いましょう」


 と、僕らの横をさっそうと通り抜け、隣の部屋へと入って行く。

 風呂に入っていないのか、結構臭いがきつかった。


「あ、あの……今のは?」


「私の家で研究してる学者の一人よ。博識にかけては一番だし、興味が湧いたことには積極的に取り組むから……まぁ風呂に入る時間も惜しいとかでかなりの変わり者だけど、頼りにはなるわ」


 できるだけミクロンから距離を離し、カインたちも隣の部屋へと向う。

 隣の部屋は、確かにマシだった。赤い絨毯が敷かれ、開かれた窓から光が差し込んでいる。

 ただ、置かれた机は多くの書類が占領し、ベッドは本に埋没していた。


 足の踏み場がある。窓がある。その程度の違いである。

 机の書類を左腕で真下に落とし、スペースを開けたミクロンは、椅子に座ってネッテたちを待っていた。

 ちなみに、椅子は彼の物一つなので、僕だけでなく皆が立ったままである。


「で、用件は?」


「とりあえず、用紙と書ける物を用意して」


 言われたミクロンは机から用紙とペンを取りだす。

 こちらからは見えないが、ミクロンがいる側に棚があるんだろう。

 取りだされたペンをネッテがアルセに持たせ、銃を取り上げる。

 さらに抱っこして用紙に近づいた。

 ……せっかくだ。やってみるか。

 アルセの腕を操り、【かいんのばーか】と書いてみる。


「これは……」


 それを見たミクロンは眉根を寄せ、顎に手を当て唸りだす。

 ついでなので他の言語も試す。

 アイヒアートゥイグジストと、英語も試す。英文を作るのは苦手なのであってるかどうかは知らないが、これで多分、私はここにいるみたいな文になるはず。

 間違っててもどうせ訳せまい。


 ついでにその横に1+2=と数学を試してみる。

 最後に、ミカンの絵。リンゴは通じなかったけど、これは露店で見たのでなんとかわかるのでは?


「……最後のは、リンゴの絵ではないか?」


 ええっ!? これリンゴ!?

 どうなって……そうか。僕の世界じゃミカンだけど、こっちではリンゴと呼ばれて……ややこしいなおいっ。


「リンゴが欲しいの?」


 僕はリンゴの絵にバツをする。


「む?」


 ついでにその横に僕の世界のリンゴを描く。

 するとどうだろう。ミクロンが突然立ち上がる。


「こ、これはッ!?」


「どうしたのよ?」


「き、君、これをどこで? 知ってるのかッ!?」


 と、焦燥した顔でアルセの肩を掴む。

 アルセは首を捻るだけだ。


「ちょ、アルセ揺らしたらヤバいからっ」


 ネッテとカインが慌てて止めに入り、なんとかミクロンをアルセから引き離す。


「これ、知ってるのか?」


「これを、知っているか……ですって? 当然です。神話に登場する神の供物、アンブロシアの実ですから」


 アンブロシア……そういや僕の世界にも伝説であったなぁ。

 確か不老不死になる実だったっけ。実際に存在はしてないらしいけど。

 でも、彼らを戦慄させるには充分だったらしい。


 アンブロシアと呼ばれるその姿をアルセが描いたということは、彼女がそれを見たことがあるという事なのだ。

 実際には僕が書いた落書きみたいなものなんだけど。


「もしかして、あの森に存在してるんですかね?」


「いや、あの森は結構人が入ってる。あるならもう見つかっても……待てよ」


「そう言えば、森の奥に人が入れない程凶悪な魔物たちがいる場所があったわね」


 あれ? なんか話が変な方向にいってる気が……


「まぁ、そう結論を急ぐな。他に書かれたこの文字と暗号を解読しなければなんともいえないぞ」


 いや、それ全然関係ないから。

 最初のはただの悪口だし……

 けれど、言葉の通じないミクロンには格好の研究対象になったようだ。

 早く調べたくてうずうずしだしている。


「そうだ。ミクロン、アルセイデスの生態について分かってることってある?」


「アルセイデスですか? 基本的な所では、危険を感じたらマーブル・アイヴィという能力を使う事ですかね。個体数は少ないので希少種認定されてます。後は……確か植物の精霊でしたかね。太陽光を浴びることで光合成を行い酸素を作りだすそうです。世界中のアルセイデスが絶えれば人間は滅びるとも言われていますよ」


 植物が存在してるし、それはデマだろう。


「あと、成長すれば花を咲かせるとか、大木になるとか言われています。基本的に温厚で好奇心旺盛な性格、人間に恐れを抱いており、すぐ逃げ……これは彼女には当てはまらないようですね」


 首を捻るアルセは、どう見ても人間を恐れているようには見えない。

 いや、確かに最初が最初だったので僕が判断できることではないけれど、少なくとも周りに居る人間たちには敵意を抱いたり、恐れたりはしていないようだ。


「ふむ。通説はあまり当てになりませんね。彼女を調べれば新たな発見がありそうです。とても興味深い」


 唸るミクロンはアルセをまじまじと見つめる。

 さぁ、どうすっかなぁと僕が考え込んでいると、何を思ったのかアルセがペン先をミクロンのメガネに押し付け、落書きを始める。


「むぅ……」


「ちょ、アルセ――――っ」


 再び止めに入ったネッテとカイン。

 今度はアルセを引っ掴んでペンを取りあげる。

 名残惜しそうに手を伸ばすアルセに銃を持たせると、よくもペンとったな。とでもいうようにカインに向けて空砲を鳴らしだす。


「だから、俺を目の仇みたいに撃つなって」


 ミクロンは無言でメガネを外し、拭きだすと、カインたちの騒動が収まるのを待ち、


「明日か明後日にまた来て下さい。それまでに、解読してみます」


 たぶん、無理だな。

 無駄な労力を行い始めたミクロンに憐みの視線を送り、僕は部屋を後にするのだった。

 そういえば、今更だけどこの世界、メガネあるんだなぁ。

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