三百四十八・その飲み込んだモノが何かを、ヤツは知らない
時間がない。だから急がなきゃいけない。
ここでバイスグリムデが気付いているのはシシリリアさんだけである。
だから、彼女には時間稼ぎをしてもう。グーレイさん殺害を少しでも引き延ばせればそれでいいのだ。
「ま。まだ、居るわよっ」
「んー? ああ、シシリリアとかいう、いや君一人居たところでどうなの? 僕を裏切ったんだっけ? さっきから座ったまま動いてなかったけど、どうした? いまさら戻って来ても殺すだけだよ? 敵対するにしても一人だけだと居る意味ないよね?」
「そうかしら?」
強気に答えるシシリリアさん。
内心ビクビクだろう。
幾ら舌戦だけだとしても、絶望植えつけられた相手と強気に会話しているのだ。下手すれば激昂したバイスグリムデにより最初に殺されるかもしれないと思えば、震えて逃げだしたって不思議じゃない。
それでも、彼女は僕等に協力することを選択してくれた。
これは、おそらく立派な裏切りだ。
バイスグリムデに対して絶望して何もしない状態から、明確な意思を持っての反逆。
頼む、彼女のバグよ、これで、起死回生の一手になってくれ。
そんな祈りを行いながら、僕はなんとかバイスグリムデへと近づく。
リエラは既に近づいていて、グーレイさん救出を狙っている。
もう少しグーレイさんからバイスグリムデの意識が離れれば、助けだせる。
まぁ、それは後でもいいんだ。
とにかく……ようやく、届いた。
手を伸ばせば届く位置に、僕がついにやってきた。
正直、恐い。
相手は僕を殺そうと思えば、多分思っただけで殺せる存在だ。
コイツ邪魔だ死ね。そう思うだけで僕は死ぬだろう。
幸か不幸かバグの御蔭で全く気付かれていないのが救いだろう。
おかげで、これを使用出来る。
「宣言するわ」
「うん? 敗北宣言かな?」
「貴方が次、大口を空けた瞬間、私達の勝利が確定するわ」
「はぁ? 大口空けただけでか? そりゃあいい、なら、勝ってみせろよシシリリア」
まるでいい事を聞いたとでも言うように、バイスグリムデは大口を開く。ほら、これで満足か? どうせ何も出来ないだろうが、負け惜しみはことごとく潰してやろう。
そんな思いが透けて見えるバイスグリムデの口に、僕は思い切り投げ入れた。
くらえ神野郎。これがお前の、敗因だッ!!
そう告げて、僕は……バイスグリムデの口にアホになる薬を押し込んだ。
ごくり、思わず飲み下すバイスグリムデ。
「ステータス配ブーストッ!!」
そして、これがシシリリアさんを撒き込んだ理由だ。
シシリリアさんの凶悪なステータスが僕へと配られ、一瞬で一気に距離を取る。
一瞬遅れ、僕が先程居た場所がバイスグリムデの反撃で吹き飛んだ。
文字通り、拳一発で空間ごと破裂した。
あそこに居たら、ほぼ確実に、死んでた。
あ、あっぶねぇ。
今のはヤバかった。本気でステータス貰ってなかったら死んでた。
「バグさん、こっちですっ」
グーレイさんは今の隙に救出されたようだ。
リエラの元に強化された脚力で向うと、グーレイさんを渡される。
あの、リエラさん?
「行きますっ。大丈夫ですよ、アレは、使いませんから」
それなら、良いけど、ほんと使わないでよ、僕の努力が無駄になるし。これでも必死に頑張ったんだよ。何の取り柄も無くて運動も並以下の僕が、神相手に近づいて、アホになる薬盛ったんだからね。
アホになる薬。
それは遥か昔、アルセと冒険していた時に見付けてしまったお薬だ。
飲んだらアホになる、そんな薬おいそれと味方に使える訳もない。
故にぶっつけ本番。
効果があるのかどうかすら不明。
眉唾と言われればそれだけ、でも、もしも。
もしも、本当に効くのなら……
「誰だ!? 何をした!? この僕に、お前ら一体何をしたぁ!!?」
「ほ、ほんとにやったの? ちょ、ちょっとリエラさん、こ、これで勝てるのよね? どうやって勝つの!?」
「放っておけば自滅すると聞いてますが……」
こればっかりはバイスグリムデ自身の状態だから、何とも言えない。そろそろ何かしらのリアクションはありそうだけど……
「おのれぇ許さん、許さんぞクソ虫ども!!」
と、いいながら、コマネチ。
ん? なんか今脈絡も無く……アホな行動しとる!?
入った! やったぞリエラ!!
「はい、これで、後は誘導するだけ、ですね」
「わ、私がやんのよね。ええい、どうにでもなれっ」
シシリリアさんが覚悟を決める。
破れかぶれと言えなくもないけど、彼女が自分の意思でバイスグリムデに敵対する。
その意識が、欲しかった!
異神の役躰、パンテステリアの勇豪契約。バグで変わってしまったシシリリアさんのスキル二つが、彼女の意思を受け反応する。