三百四十七・その彼の存在を、ヤツは知らない
「……やっぱり、こうなっちゃいましたね」
いつか見た夢のように、彼女は笑った。
泣きそうな顔で、決意を込めて、僕に向かってたった一度、微笑んだ。
「ダメだよ、それだけは、他に方法がある筈だッ」
僕は叫んだ。
夢で見た光景そのままに。答え等分かっていた。
でも、変えられない。変える術が分からない。
バグらせる、それでいいのか? それだけでなんとかなるのか?
彼女は目元に涙をためて、それでも満面の笑顔を零す。
分かっていたはずだ。僕は彼女に伝えていたから。
ずっと探していたはずだ。こうならないための方法を。
なんとかしようと考えて、結局ここに辿りついた。
「だって、私がやらなきゃ、他に誰がやるんですか?」
本当は泣きたいはずだ。
本当は逃げたいはずだ。
でも、皆倒れてしまった。
あいつを野放しには出来ない。
既に矢田によりバグったあいつに、僕のバグは通用するのか?
それに意味はあるのか? 他になにかないのか?
考え続けて、結局何も思い付かなかった。
闘えるのは彼女だけ。
倒せるのも彼女だけ。
でも、使えば確実に、彼女が消える。
その笑顔も、肉体も、存在も、記憶すらも。
彼女を形作る全てのものが消え失せる。
なのに、彼女は決意する。
もう、幾らも時間がないと理解して。
グーレイさんを救えるタイミングはここしかないと確信して。
自分を犠牲にすることを、覚悟した。
「――――ずっと、あなたが、好きでした」
万感の思いを込めて、少女はずっと言えなかった言葉を告げる。
呆然とする僕を残し、走りだす。
風に零れた雫が一つ、地面に落ちて弾けて散った。
彼女の涙が全てを物語っていた。
……違う。
少女は駆ける。
自身の持つ最高の技を放つために。
肉体、魂、存在、その全てを一撃で放つために。
……違うッ。
「救世の――――」
違うッ!!
いつか見た未来に囚われるな僕っ。
目の前を見ろ、まだ――
まだ、リエラはここに居るっ。
終わりはまだ迎えていない。
あの未来はまだ来ない。
いや、絶対に、来させないッ!!
僕の目の前で、覚悟を決めた顔で居る彼女に、僕もまた、覚悟を決める。
「バグさん……多分、これが最後だと思うから……」
決意を込めて、彼女が告げる。
「ずっとあなぷぐっ?」
だから、その口を手で塞いだ。
驚く彼女には悪いけど……これ以上は言わせない、その為に。
その結末を、否定する為に。
―― 大丈夫、貴方は既に、持っているもの ――
不意に、あり得ない少女の声が聞こえた気がした。
アーデ?
いや、気のせいか。だけど……
一つだけ、可能性として考えた物がある。
一つだけ、確信は持てないけど、見付けた物がある。
それはこの世界に来る前から、僕の手の中にあったモノ。
アルセとの旅で手に入れて、今まで全く、使う機会に恵まれてすらいなかったモノ。
むしろ使うことなどないはずで、ポシェットの肥やしになっていたモノだ。
もしかしたら、その程度の一撃だ。
でも、一度だけ確実に出来る荒技だ。これが効くなら、僕等にきっと勝機が芽生える。
だから、確信しよう。これで上手く行くんだと。
リエラ、方法があるんだ。
僕は、ソレをポシェットから取り出す。
これが、異世界にまで来てポシェットに入っていたことで、何かしらの運命を感じてたんだ。
もしかしたら、使うんじゃないかって。
だからきっと、これはそういうことなんだろう。
「また、居なくなったり、しませんか?」
不安気に告げる彼女に、僕は頷く。
その為に、彼女を動かしたい。
リエラ、シシリリアさんを僕を助けるために動かしてほしい。
説得、出来る?
僕では、きっと声が届かない。
何しろ声を聞こえなければ認識すらされないのだから。
半透明ながらリエラなら彼女に声が届くのだ。
「私では、だめなんですか? 貴方を救うことは?」
できるかもしれない。でも、確実じゃない。だから、お願い。
リエラは最後のトドメのタイミングを図ってほしい。
救世の一撃を使わず、あいつにダメージを与えられるか分からないけど、行ける?
「……やってみる。だから、帰ってきてください。もしもの場合は、私が全てを救います」
僕が、救われないよ。
だから、ここは僕に、行かせてほしい。
運命を変えるために。
だって僕は、この世界に呼ばれた、本当の英雄の一人なんだから。
さぁ。運命を変えよう。
バグらす必要なんてない。
ああ、そうさ。奴はまだ気付いてないんだ。僕らがまだ居るって意味を。
リエラ、巻き返すぞ。
これで終わりだと嘲笑ってる神に反撃だ。
ここから先は、絶望の運命をバグらせるっ。
「シシリリアさんっ」
リエラがシシリリアさんの両肩を持って語りかける。
絶望に自我を塞ごうとしていた彼女を現実へと引き戻す。
「……っ、リエラ?」
「貴女の力が必要です」
「無理よ、私一人手伝ったところで、どうせ負けるわ。私達以外、全滅じゃない」
「戦う必要はありません。彼が起死回生の一手を行うので、バイスグリムデの反撃から守ってほしいんです」
「……戦わなくて、良いの?」
「ただ回避を手伝って貰うだけ、あとは相手の注意を引く会話をするだけ。それだけでいいんです。お願いします。機動力があるのは、貴女だけなんです」
Gババァが居れば向こうに頼んでいたけど。今は彼女しか居ないからね。
「で、でも、もう私は速く走れないし、騎乗出来る物も……」
「大丈夫です。今から言う事をやってくださるだけで、いいですから」
そう、僕らが使える能力の中で、彼女のアレが一番、今の僕に必要なのだから。




