三百三十五・その空の闘いを、彼らは知らない
SIDE:杙家檸檬
この世界にやって来て、多分初めてじゃないかな。陸斗と離れて一人きりで戦うのって。
向こうの世界では、私はただのお邪魔虫だった。
お姉ちゃんと陸斗がくっつくのが嫌でさりげなく食事を一緒にするようになっていたら、陸斗の食事がおいしくてミイラ取りがミイラになったというか、なんかもう陸斗の食事無しじゃ生きていけない体にされた気がする。
この世界に来てからは、いろいろあったけど楽しかった。
一番良かったのは食の英雄になったこと。
口に含めば何でも食べられるようになったので、生で魔物を食べてもお腹壊さなくなったのは一番嬉しい事だったかも。
それに、お姉ちゃんが居ないからずっと陸斗と一緒でも誰も何も言わないし、できるなら、ずっと、このままが良かったな。
でもね、やっぱり、終わりはあるんだ。
薄々気付いてたけど、もうすぐ、この冒険も終わるらしい。
この世界の崩壊が近づいてて、神を名乗る邪神が裏世界から攻め寄せて。
凶悪な魔物達が現れ出した。
英雄だから、そんな相手にだって挑んで倒さなきゃならないらしい。
出来れば震えていたいけど、陸斗の背中に隠れていたいけど、私が出来る事を自覚してしまっているから。
Gババァに連れられて、私は空を泳ぐ龍の元へと向かう。
龍というのは名ばかりで、裏世界の生物はどれも気持悪い。
身体が膨れてることはデフォルトで、血管が浮いてたり、無数の顔が蠢いていたり、左右の眼球の大きさが非対称だったり。
龍は、といえば、全身腫れあがった姿で、はち切れそうな眼球。ぎょろぎょろと動かしながら血管塗れの長い胴体をくねらせ、空を泳いでいる。
偶にパリパリと放電していることから、全身に微弱の電流が流れていると思っていいだろう。
微弱っていってもおそらく触れた瞬間感電死する程度の電力はあるはずだ。
アレに、今から突撃するのかぁ、しかも攻撃方法はマルカジリオンリー。
はは、私ってそんな特攻キャラだっけ?
今からでも陸斗連れて来て解体して貰えないかなぁ……
「それじゃあ、行くぞい」
「え? ちょっと待って、まだ心の準備が、あひゃあぁぁぁぁぁっ!?」
少し離れた場所からフルスイング。Gババァさんにより吹っ飛ばされた私は龍モドキに向かって一直線に飛んで行く。
突撃からの口を目いっぱい開いて……ええいどうにでもなれぇっ。
齧りつく。次の瞬間全身にバリバリと襲いかかる電撃。
死を覚悟する、ものの、痛みは無い。
あ、そっか、こいつの身体食べたから帯電スキルか何か手に入ったんだ。
私の英雄としての能力、食べた相手のスキルをモノに出来るのよね。
正直今まではそんな耐性とか無かったから死を覚悟してたんだけど……これならっ。
両手で鱗にしがみつく。
切っ先鋭い鱗で手が切れるものの、喰らい付きながら徐々にその身の内部へと食べ進んで行く。
悲鳴が聞こえる。
体をくねらせのたうちまわっているようだけど、既に内部に侵入果たせたからもう落下の危険は無い。
後はひたすら食べて行くだけだ。
おっと、内部まで電撃? ちょっとビリッとするけど大丈夫、ちゃんと身体は動くし。
気のせいか、両手が黒くなってる気がするけど、大丈夫、ちゃんと動くから大丈夫。
貫通させるように食べて胴から真っ二つに食い散らかす。
さすがに飛行能力を失ったようで地面へと落下。
衝撃で食べた物吐きだしそうになったけど、ぎりぎりで耐えた。
全身が痺れる。
前に食べたトロールの御蔭で徐々に体が回復してるはずだから、まだ……なんでこんなに動きにくくなってるんだろう?
あれ? おかしいな、なんか、身体が重い? 瞼も重くなってるし……
でも、とにかく食べないと。こいつを倒しておかないと皆が危険だし。
私しか、食べられないし。
あれ? 私の手、指……どこいった?
炭化、してる? あれ? 足、動かない……
もしかして、私、死んじゃう、のかな?
嫌だなぁ。
死にたくないな……
まだ、言ってないのに。
食べるだけで幸せだったけど、傍に居られるだけで幸せだったけど。
やっぱり、死ぬまでに、思いを伝えられないのは……
あれ? なんで死ぬ事考えてるんだっけ? 今、私何してたっけ?
あ、そうだった、食べてるんだ。
食べなきゃ。とりあえずそれだけはしなきゃいけない事だから。
全身がピリピリする。
なんかもう頭が回んなくなってきた。
なんで私、ここにいるんだっけ?
あれ? 私って、なんだっけ……
あれ? あれ?
何も考えられない。
何か考えなきゃいけない。考えられなくなったら、多分死ぬから。
あ、でも美味しい。美味しいからこれ食べるのだけは続けよう。
美味しい、美味しい、オイシイ、オイsi……