三百二十・その少女のお別れ会を、彼らは知らない
「ここから先は通せないわ」
「この先に用事があるんだ、しかもこの世界の今後を左右するんだぜ? 止める理由がどこにある」
「後宮は男子禁制王族以外禁制、例外を作る訳にはいかないのよ」
頭の固いスパイさんだ。
でもほら、僕既に足踏み込んでるよー。
ほーら禁止区域に男性入ってるよー。例外作れてるよー。
「バグさん、気付かれてないですよ」
「ちょ? まだ一人いんの!?」
「どこ、えーっと、ここ、とか?」
まるで額にある眼鏡を探す老人のように、カッパーちゃんがふらふらと歩く。
残念ながら検討違いっす。
せっかくだから自己主張させて貰おう。
背中をつぅぅっと。
「ひゃあぁんっ!?」
「カッパー!?」
「はわわわ、い、今、何か背中に触れたよブロンズちゃん」
「ええい、このエロバグがぁ」
「あはは、アカネさんみたい」
「えーっとリエラさん、そのアカネさんっていうのは?」
「あ、えっと、向こうの世界に居た魔法使いの女の人です。バグさんのせいで魔法を使うと全裸になるバグを付けられてしまってですね……」
いやぁ。人の過去をばらさないでぇ。
「ええい、何処だぁ、ここかエロバグッ、死ねぇぇぇっ、ぁっ」
意外と勘がいいのか、逃げた先に突撃して来て逃げ場を失った僕、もう一歩踏み込み、拳を放とうとしたブロンズちゃん、僕の足に引っ掛かってバランス崩して倒れ込む。
当然倒れこんでくるのは僕の前になる訳で、両手で受け止めた瞬間むにょりと役得。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁっ」
うおぉ危ないっ!?
汚い悲鳴上げながら暴れ出したので慌てて逃げだす。
あ、危ない、もう少しで馬乗りからのタコ殴りでハメ殺されるところだった。
「こ、殺すっ、殺してやるっ」
「アカネさんもあんな感じで突っかかってったんですよ」
「へー、今どんな間柄になってるにゃ?」
「妻の一人ですね」
「うわーお」
はー、危なかった。調子乗って近づくもんじゃないね。
「バグさん、後でオハナシがあります」
えぇ!?
「あらら、これは尻に敷かれてるわねぇ。ちょっとエッチみたいだけど奥さんがしっかりしてるなら大丈夫そうね」
「そ、そうですかね、お、奥さん、かぁ」
リエラがクラレットに褒められ照れまくっている。
「おっ」
そんな僕らを放置して、既にアーデは配下の魔物達とお別れ会のような挨拶を行っていた。
涙ながら……涙流す事出来るんだなぁ、ゴールデンオカブ。
パッキー、Gババァが別れを惜しんでいる。
ここから先、一緒に向かうのはワトリ、キャットハムター、くねくねちゃんだけのようだ。
僕も一緒に行こうとしたんだけど、アーデ自身にだめーって両腕でばってん作られた。
だから僕もここでお見送りチームになるようだ。
アーデ、本当にここから先、その三人とだけで行くの?
頷くアーデを思わず抱き締める。
嫌がるでもなく、ただされるままに抱きしめられたアーデが最後に一度、ぎゅっと強く僕を抱き締める。
「おぉ」
うん、そうだね。これ以上は、うん。大丈夫。僕は大丈夫だから。
アーデはアーデがしたいこと、するべき事、しなきゃいけない事……やりに行きな。
リエラ……
「はい。アーデ。短い間だったけど、楽しかったよ」
「おー」
私もと頷き、リエラとアーデが抱きしめ合う。
別れを惜しむように、母親に抱かれる娘のように、少女はぎゅっとしがみつく。
あの、僕と抱きしめあった時より強くない?
「アーデ、君が何を思って選んだ未来かは知らない、けれど、君がやるべきだと思った道なら、私達は笑って見送ろう。胸を張って行くといい」
「おっ」
最後にグーレイさんと会話を交わし、アーデは僕等に手を振って別れを告げた。
さすがにシルバーさんたちも彼女を止める気は無かったようで、黙って見送る。
「ぴ、ぴるるるるるっ」
我慢できず。パッキーが涙を流しながらアーデに飛び付く。
困ったような顔でパッキーを受け止め、優しく慰めるように頭を撫でる。
「ほら、パッキー。アーデが困ってるよ」
苦笑いでゆっくりと近づいたリエラに抱きあげられ、パッキーは泣きながら鰭を振る。
自分も行きたかった。なんで選んでくれなかったの? そんな思いが渦巻いているだろうに、涙を流し、別れを惜しみながらも、パッキーはアーデを見送る事を決意した。
アーデはもう、振り返りもしなかった。
虹色の翼を持つワトリ、虹色に輝くキャットハムター、そして全身虹色のくねくねちゃんと共に、ゆっくりと、僕らの視界から消えていった。
本来なら、他のメンバーとも別れの挨拶させてあげたかったんだけど、各所でクーデター鎮圧に向かっておかないとここにまで乗り込んできそうだったのだ。
泣く泣く城内の敵性分子を撃破しに向かった斬星君達には悪いけど、アーデとのお別れの挨拶、僕らだけでやらせて貰ったよ。