百七十話・その覇王の出現を、彼は知りたくなかった
ユーデリアにバグ弾が吸い込まれた。
うん、やっちまった。
次の瞬間、何故か真上へと吹き飛ぶ黒づくめ。
何が起こったか分からず呆然としている僕と黒づくめをよそに、それは怒号のように轟いた。
「天迎昇帝破ァッ!!」
なんか漢女と書いておんなと呼びそうな恐ろしい声と共に光の龍が天高く立ち昇る。
黒づくめは龍に飲まれるようにして天へと昇って行った。
……なんだろう、凄い化学反応を起こしてしまった気がします。
立ち昇る光の龍に、全ての人々が闘いを止めて天を見上げる。
昇り龍、カッコイイなー。あははははは。
しばし空を見上げた僕は、意を決して、光の龍を天に上げた人物に視線を下ろす。
ああ、やっぱり……
ユーデリアさんだ。
さっきまでは怯えるだけの少女だった筈なのに、今は天に掌を突き出し、まるでどっかの世紀末覇者の最後みたいな雄々しい立ち姿を披露している。
「ユーデリアっ! 御免、僕また君を……ユーデリア?」
ユーデリアが一人きりだった事に気付いて慌てて彼女の元へ向った月締君。
天に突き上げる手をゆっくりと戻し、少女は言った。
「うぬか」
「うぬ?」
あっかーん、口調が変わってる!? 世紀末覇者みたいな口調になってる!?
どんなバグり方しちゃったのお嬢さん!?
「我に心配は無用なり。雑魚どもを鏖殺せよ」
「え? え?」
「うぬら、死ぬ覚悟は出来ておるなっ!!」
そして眼を白黒させてる月締君を放置して、自ら襲撃者向って走りだすユーデリア。
「ぬうんっ!!」
男臭い気合と共に、拳を振り抜く。
接敵していた男が華奢な少女の拳をモロに喰らって吹っ飛んだ。
後ろにいた男達数人を巻き込み、飛ばされた先の大樹をぶち破り、二つ目の大樹に激突。
大樹は音を立てて男達向けて倒れて行く。
「ふん、弱過ぎる」
なんだろう、タイプ違いのエンリカさんが生まれちゃった気がする……
ユーデリアの参戦で瞬く間に敵が減って行く。
なんだあの肉弾戦。
一撃で数人纏めて吹っ飛ばしてくぞ!?
「ゆ、ゆーでりあ?」
全ての敵が沈黙し、少年は戸惑いながら少女の後ろ姿へと歩み寄る。
月締君が呆然としながらも大切な人の名を呼んだ。
それに、仁王立ちで佇む少女は厳かに告げる。
「然り」
そこはそうだよ。とかうん。でいいんですよ!? なんだよ然りって。どこの言葉だよ!?
ああ、日本か。
「な。なんで急にそんな言葉遣いに……?」
「知らぬ。ただ、我が力が突然生まれた、ならば使わねばなるまい?」
グーレイさんが天を仰ぐ。
理由に気付いたニャークリアさんが苦笑い。
違うんだよ、僕のせいじゃないんだよ。だってあの黒づくめがユーデリアでガードしたから……
「ど、どうしてこんなことに? ぐ、グーレイさん!?」
「あー、ごめんね月締君。その彼女の性格とか能力なんだけど……もう、戻らないんだ」
「そん、な……」
グーレイさん見付ける前の絶望した月締くんが再現された。
力無く膝から崩れる彼に、助けの手を差し伸べられる人物は居ない。
『バグ君……やったな?』
だ、だってさ、既に拉致される直前だったし、誰も助けられる位置に居ないし。
黒づくめだけでも何とかしなきゃと思って……
バグ弾撃ったらあの黒づくめ、ユーデリアでガードしたんだ!
もともとユーデリアを黒づくめから助けられるバグり方しろって念じて撃ちだしてたから、その、なんとかなったでしょ?
『月締君見てそれ、胸張って言えるかい?』
すんませんっしたぁっ!!
『で、でも態度と口調以外はそのままですし』
「はぁ、ともかくユーデリアさん、無事で何よりだ」
「この精神状態が無事かどうかは分からんがな。さて、では征くぞ」
征くってどこに?
「えーっと、何処に行くんだい?」
「我を拉致せんとする奴ばらよ。このまま逃げるだけでは疲弊するのみ。なればこそ、グーレイとその仲間たちよ、助成を請う。魔王の一柱撃滅せん!」
「あー、やっぱりそうなるよねー」
グーレイさんがなげやりだ。
「ガーランドさん、一応聞くけど、付いてくる?」
「ま、乗りかかった船だ。手伝ってやんぜ」
「バグって恐いにゃー……」
性格まで変わってしまった少女に、ニャークリアさんは呆れた顔でつぶやく。
あ、あはは。バグって恐いですよね、ほんとに。
「月締君、どうする?」
「え? あ、行くよ。行くしかないみたいだし」
ほんとごめんね月締君。
「だ、大丈夫、アレはユーデリア。ユーデリアだ。容姿はユーデリア本人だし、ちょっと口調と態度が違うだけ、違うだけなんだ……」
自分に必死に言い聞かせる月締君。しかしその双眸からハイライトが消えていく気がするのは気のせいなんだろうか?