百六十四話・その彼が自分から出て行くことを、彼らは知らない
SIDE:光来勇気
「どーすんすかっ!」
俺は思わず叫んでいた。
目の前にいるのは面倒臭そうに顔を顰める矢田修司と、困った顔のリックマンである。
あのデブ、あろうことか、別室に女性と宿取りやがったのだ。ふざけてやがる。
このままあのデブをリーダーにしてたらやりたい放題でハーレム作りだすぞ。
実際朝臣やシシリリアは基本あのデブと共に行動してるし、最近はゴールドさんが常に引っ付いている。
シルバーさんは当初僕を誘惑してたのに、最近は報告が忙しいらしくグネイアスに帰ったっきり音沙汰がない。
御蔭で気にならなかったデブの動きが嫌に目に付く。
魔王討伐に着いて行っただけの癖に魔王討伐者としてグネイアス帝国から報償が出るらしい。
本来なら朝臣さんだけのはずだったのに、あのデブ美味しい所持って行きやがって。
「灼上君はよくやってると思うが?」
「どこがだよ!? 見てないわけじゃねーでしょリックマンさん、あのデブ、朝臣さんやゴールドさん侍らせて毎日食事してんすよ! リーダーだからって何やっても良いって訳じゃないでしょ! 女性陣も何も言えてねェじゃないっすか。あいつこそ害悪ですって! 女性陣が毒牙に掛かる前に追放しましょう」
「あー、矢田君、君はどう思う?」
「灼上は問題を起こしたわけじゃぁねぇ。光来。お前どういう理由で灼上を追放する気だ?」
「それは……」
考え付かない。
あいつは狡猾な奴だ。
女性陣には気を利かせて頼みは大体聞き届けて必死に欲しい物を持って来たりしている。
戦闘での指示出しも的確だ。
加えて魔王討伐者。
「クソッ」
「今追放しようとしても理由がねぇ。お前が逆に追放されるだけだ」
話は終わったな。とさっさとベッドに向かい乱暴に寝転ぶ矢田。
リックマンもはぁっと息を吐いて自分のベッドへと向かう。
「一応、伝えておくけど、彼が女性陣と一緒にいるのは彼ではなく彼女たちから近づいているからだよ」
「あー、そういうのこいつにゃ伝わらねぇよおっさん。それよりよぉ。これから一杯どうよ?」
「おいおい、君まだ未成年だろ?」
「堅ぇなぁ。この世界で日本の常識なんざ当ててんじゃねーよ。この世界じゃ成人は15らしいぞ」
「そ、そうなのか……うむ。ひ、暇だし、少しくらいなら」
「よし、んじゃ酒場に行こうぜ」
と、二人が出て行く。
なんか、最近仲がいいよなあの二人。矢田が大人しくなってから随分と親しくなった気がする。
むしろ、矢田の方から歩み寄っているような?
「クソ、デブに尻尾振って狂犬が忠犬になったつもりかよ」
もう、矢田に着いて行くのは止めた方が良さそうだ。
あいつはもうデブの犬になり下がった。
自分はハブっといて自分がハブられそうになったら恭順とかドクズかよ。
「なんっつーか、英雄チームとしてやってきたけど……あいつ等むしろ要らなくね?」
―― はっはー、御機嫌だなブラザー。お前さん、自分一人でどっか行くなら連れてってくれよ。ここじゃ俺の理想の使い手が見付かりそうにねーからよー ――
「はっ!?」
思わず周囲を見回す。
なんだ今の?
誰の声だ?
誰も居ないのに……
―― おいおい、あのおデブちゃんは俺の事誰にも紹介してないのかよ。剣だよ剣 ――
剣? あ、あのデブが持って来た凄くカッコイイ剣!
お前、喋れたのか!?
―― 俺は女限定で性欲を糧に切れ味を増す聖剣さ! ――
「その性剣が何の用だよ? 女限定じゃ俺使えないってことだろ?」
―― この際少しくらいなら使わせてやるよ。お前さんならおデブみたいに脂っぽくねーだろうし。ちょっと女装すりゃ男の娘で、まぁ、なんとか許容範囲かな ――
は? 普通に引くんだが。
ただのエロ剣じゃなくてアブノーマルなエロ剣だったか。
「近づかないでくれないか?」
―― まー、落ち付け。別にお前が使う必要はねーんだ。俺を持つに相応しい使い手のボインちゃんを見付けてくれりゃーよ。ここにいたらアイテムボックスに封印されて一生出て来れなくされちまう ――
あー。女性陣は嫌がりそうだもんな。あのデブ朝臣さんたちから何か言われたらアイテムボックスに封印くらいは普通にしそうだし。
「お前も苦労人なんだな」
―― おうよ。まぁ、なんだ。切れ味は鋭くできねぇが、ある程度の打撃には耐える聖剣だしよ、なんならお前さんが戦闘を行う時のアドバイスくらいはしてやんぜ ――
「そう、だな。別に英雄だからってこのチームで過ごす必要はねーんだよな」
そうだよ、俺の理想のパーティーを組んで魔王退治すりゃいいんじゃねーか。
よしそうと決まれば身支度……はアイテムボックスに全部入ってるから問題無いな。
なら持つのはこの剣だけでいいか。
出て行く連絡は……要らないよな。こんなチームに律儀に出て行く宣言なんて。
んじゃ……サヨナラだ。