百六十三話・そのやっちゃったことを、彼は知りたくなかった
バグ君たちが兵士達の処刑執行から逃れ、裏世界へ行った時の事。
その事実を知らされた国王は、自身の判断が誤りだった事に今更ながら気付いてしまっていた。
スパイかもしれないがただの観光かもしれない。
どっちだとしても死んでしまえば問題はないだろう。
グネイアス帝国が攻めてくるかもしれないという重圧で気が立っていたこともあり、安易に命令を下してしまったのだ。
別に、その時はそれでいいと思っていた。
取り逃がしたという報告を聞いた後ではその考えは百八十度変わっていたのだが……
取り逃がした兵士とその場にいた冒険者ギルドのギルド長から詳しい話を聞いたところ、処刑命令を下した面々にAランク冒険者『帰還の誓い』が混じっていたそうだ。
かなり有名な冒険者チームで幾つもの国からぜひ自国に骨をうずめてほしいと言われているチームの一つである。自国としても、是非にとお願いしたかったのだが、それはもう叶わぬ願いだろう。
何しろ逃げだす際、相手のチームリーダーがAランク冒険者を敵に回した事を後悔させてやる、と告げたそうだ。
冒険者の理不尽な処刑については冒険者ギルドからも苦情が来ている。
ここで懸賞金など掛けようものなら冒険者ギルドを敵に回しかねない。
グネイアスと敵対するかもしれない時に冒険者まで敵にするなど愚かな行為だ。
それだけならまだ交渉の余地はあった。
問題は彼らが混成チームを組んでいたことだ。
殺そうとした相手に魔族の王女が居たらしい。
ギルドで冒険者として登録されているので確実だろう。
また、未確認ではあるがカエルの亜人、これもまた魔族の王子ではないかと目される人物がいたらしい。
さらにグネイアス帝国に召喚された英雄。
そしてそのグネイアス帝国構成員と思しき少女が二人。
おそらく連絡係だろうと宰相が言っていた、つまり、逃した時点でグネイアス帝国には我が国が英雄を弑しようとしたことがほぼ確実に伝わるだろう。
さらに英雄自身も敵対したとみていい。
銀色の肌を持つ英雄。グーレイといったか?
指先から赤い光線を放ち、街門の壁をごっそりと削り落したらしい。
正直兵士達の手に負える存在じゃなかった。
しかもわざわざ勝てる闘いを逃げだし、唐突に消失してしまったらしい。
パーティーメンバーは十人以上居たのに全員が一瞬で消えたのだ。
転移魔法か、あるいは隠蔽魔法か。それとも未知の技術か。
そんな存在が悪意を持ってこの国を襲えば、ほぼ確実に国が滅ぶだろう。
わざわざこちらから殺しに行ってしまったのだ。
敵対した英雄は英雄を敵に回したことを後悔しろと告げ。最後に兵士を一人、未知の攻撃で昏倒させて去って行ったらしい。
いつでもお前達を殺せるぞ、とわざわざ宣言して立ち去ったのだ。
しかも彼らが国に来た目的はクニシズミレイク王国で捕獲した魔王復活教団という謎の組織の一員を冒険者ギルドに報告するためなのだそうだ。
クニシズミレイク王国に確認を取ってみたが、向こうから引き取ってほしいとお願いしたらしい。
そうしてこの国のギルドを頼ってやってきたのだ。
それをむげに追い返したばかりか、殺そうとしてしまった。
確実に恨みは買っただろう。
問題は、彼らが報復に来るかどうかである。
これからびくびくと毎日を過ごさなければならない。
あの時面倒臭がらず処刑しろ、などと言わなければ……
後悔しても既に遅い。
「陛下っ!!」
「なんだ? 騒々しい」
頭を抱えて玉座に座っていた王の元に、それは駆けこんできた。
かなり急いで来たらしい文官。本来なら処罰物だが、いつもなら優秀な文官であるはずなだけに、何か良くない報告が来たのだということは理解した。
「ぐ、グネイアス帝国から宣戦布告がっ!!」
「な、なんだと!? まだ魔族領に執心しているのではなかったのか!?」
「そ、それが英雄の働きで魔族領の切り崩しが早く終わり、さらに我が国が英雄をないがしろにしたと声明を」
「馬鹿な!? 早過ぎるっ」
彼らが消え去ってまだ一日と経ってないはずだ。
一体どうやって先程の事を知ったと……
まさか……
「冒険者ギルドが、向こうに付いた?」
冒険者ギルドならギルド間に限り瞬時に情報をやり取りできる。
もしも冒険者ギルドの長が情報をグネイアスに伝えたとすれば、この速い情報把握も説明が付く。
「おのれ冒険者ギルド……」
実際に犯人であるならば捕らえることもできるが、もしも証拠も何もなく犯罪者扱いしただけ、ということになれば冒険者ギルドと確実に敵対することになる。
それは絶対に避けなければ……
「どうして、どうしてこうなった? 私はどうすればよかったのだ……」
「陛下、冒険者ギルドより、わ、我が国から撤退すると、先程……す、既にギルドはもぬけの殻ですっ」
あのギルド長、我が国を滅ぼすつもりか!?