百四十五話・その失態を、彼らは知りたくなかった
SIDE:月締信太
果たして何領目の魔族領だろうか?
いろんな場所をてんてんとしながら奥へ奥へと向かっていった結果、火口が程近い小さな村に辿りついた。
いつの間に火山地帯昇ったんだろう?
硫黄の匂いが鼻につく。
これって有毒物質じゃなかったっけ?
日々の生活にこの臭い取り入れていいんだろうか?
でもここの温泉めちゃくちゃ気持ちいいんだよなぁ。混浴だし。
そう、混浴だ。
ユーデリアと二人きりで混浴だ。
入ったらたまにお婆さんお爺さんに囲まれることもあるけど基本二人で混浴だ。
「ここ、いいね」
なぜか部屋に備え付けられていたマッサージチェアに飛び乗ったユーデリア、浴衣姿で既に一時間。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。とマッサージされながらうっとりとした笑顔で言葉を漏らす。
どうにも日本的な要素が大量にあるこの旅館村、村一つが旅館らしく、村人さんたちはやってくる旅人を各地で泊まらせて温泉を満喫させ、お土産などを買わせることで村起こししているそうだ。
定住政策もしてるらしいので、しばらく様子見で家を一つ借りてみた。
ここで旅館営業してユーデリアが女将さん、ってのも理想的な未来の一つだなぁ。
さすがにもてなす方は苦手かもだけど。
「温泉、いいよね」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~」
「えーっと、ユーデリア?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~」
駄目だここにいると会話にならない。
ユーデリアの目が糸目になってる気すらしてくる。
まぁ、温泉って好きだから別にいいんだけども。
「温泉、もっかい入ってくるかな」
「あ、温泉? じゃあ私も行く」
くっ、最高か!?
二人連れだって家から出る。
外に出た瞬間むしっとした暑さと卵の腐ったような臭いが周囲を漂う。
「んー、やっぱりこの臭いには慣れない」
「慣れなくていいよ。あ、そうだ。折角だし温泉卵買って帰ろうか」
「うん、温泉卵好き」
最高の生活じゃないか、このまま一生過ごせたら……
「ほほぅ、こんな田舎にも良い娘がおるではないか村長」
ん?
「あ、いえ、その方はお客様で……」
「ふん、どうせ儂には逆らえんだろう。おい女! 儂の妾にしてやろう、こっちに来い!」
なんか半魚人っぽい顔の太った魔族が吠えている。
「おい、貴様だそこの娘!」
僕は即座にユーデリアを隠すように魔族の前に出る。
「……なんだ貴様は?」
「僕の彼女に何か用ですか?」
「ふん、貧相な人族のガキが一著前に。その娘は魔族だぞ。貴様には不釣り合いだ。儂が貰ってやるから狂喜乱舞して差し出せぃ!」
意味が、分からないぞ?
いきなり現れてなんだこいつ?
「信太……」
「うん、大丈夫」
「チッ。面倒な。おい、殺してやれ」
いきなりこっちを殺しに来るのか、なら、遠慮はいらないな! こいつはぶっ殺そう。
魔族の用心棒か何かだろう。
腕っ節の良さそうな魔族が前に出て来た。
「死ね人間ッ!」
「ペネトレイトアタック!」
あ、意外と弱い。
最悪ユーデリア連れて逃げようかと思ったけど殲滅出来そうだ。
用心棒を貫き倒し、投げ捨てる。
「な、なんだ!? 貴様いつの間に槍を!?」
「あんたにわざわざタネ明かしする必要無いよな?」
「ちぃ、殺せ! 殺せぇ!!」
「飛べ! ミサイルランサーッ!!」
槍を投擲。
近づいて来ていた護衛兵たちが次々と打ち抜かれて行く。
移動する際魔族領でも通用するように勝てる敵から必死に闘った結果だ。
この程度の奴等なら十分勝てる!
「な、な!? ぶ、武器を捨てたぞ! 馬鹿め! さっさと殺せぇ!!」
ありゃ、無防備になったのに掛かって来ないのか。
ほんと貴族って面倒だよな。
魔族だったとしても変わらないのか。
「戻れリターンスピア」
「なぁ!?」
戻る過程で邪魔になった用心棒たちをブチ抜き、槍が僕の手へと帰還する。
「こ、こ、こんな……」
「メーザック様、ここは引くべきです」
「ふ、ふざけるな! この儂があんな若造に……あ、こら、やめろぉぉぉっ」
護衛の中で、一番強そうな奴が貴族のおっさんを羽交い締めにして去って行く。
村長さんはおろおろしながらも、あの貴族の後を追って去って行った。
「失態ね」
「え?」
「あれ、多分魔王の一人よ。ねちねちとやっかいな半魚人の魔王メーザック」
「うわぁ、さっさと殺しといたほうが良かったか……確かに失態だ」
「こうなると、この近辺の魔族領は早々に引き払うのが得策ね」
「嘘だろ、理想の温泉街……」
人族領からも逃げ、魔族領からも逃げ……か、ホントに何処に逃げようか?
とりあえず人族領を目指すか? 帝国から離れた場所ならいけるかも。




