九十三話・その少年の裏切りを、彼らは知らない
SIDE:月締信太
「こっちだ」
僕は魔王の娘の手を引いて、魔王城を駆けていた。
周囲に人気はない。
魔王が自分の死を察して避難させてあるらしい。
既に民にも侵略されることが知れ渡っており、服従したくない者たちは別の領地に疎開済み。
ここには町から逃げられない者や、ここしか住みたくないという者たちだけが残っている。
誰もいない魔王城を抜けて城下街へ。一応、城にも何人か残っていたらしいけど、おそらく魔王の遺言で書類を各所に届けに行ったのだろうということだった。
すると、何か騒がしい事に気付く。
街門近くに攻め寄せた兵士の群れが見えた。
あれは……
「グネイアス帝国の軍旗ね」
色を失った瞳で彼女は言った。
すでに世界に絶望した様子で、目に光が差し込んでおらず淀んで見える。
「なら向こうにはいけないな。他に道は?」
「あっちに、西門があるわ」
「ああ、それは知ってる。僕らが来た道だ」
「すぐそばに無法地帯があるわ。大丈夫なの?」
たった一人でナイデリアまで彼女を護衛できるだろうか?
いや、ナイデリアはちょっと不味い。
あそこには斬星さんがいるかもしれない。
それに、魔物排斥運動が彼女に及びかねない。魔物みたいな容姿が入ってるし。
「他の魔王領で身を隠せそうな場所は?」
「……北。魔王カイゼルヒゲオヤージが収める国がある」
「そこなら大丈夫なのか」
「街中なら、宿を取るくらいは問題無いわ。お金はあって?」
「このくらいなら……え、だめ?」
「魔族領では通貨が違うの、それは人族領のグネイアス周辺じゃないと使えない通貨よ」
「うえぇ面倒臭い」
「仕方ないわ。とにかく北に行って、ギルドで依頼を受けましょ。冒険者ギルドは魔族領でもちゃんと機能してるわ。ただし、私達がそこにいることを敵に知らせてしまうけれど」
「どうせ初期資金調達に必要なだけさ。少し休んだら別の街に行こう」
「ええ」
この娘がまた、笑顔を取り戻せる日って、あるんだろうか?
そのとき、僕が隣にいれたなら……
っと、妄想してる場合じゃない。
北門もあるみたいだからちょっと遠回りになるけど僕らは北へと向かう。
入れ替わるように、グネイアス帝国軍が城へと殺到して行くのが見えた。
あのまま残っていたら彼女が確実に捕まってたか殺されていただろう。
危ない所だった。
「あれ? 部隊が別れた!?」
「多分、私たちみたいに事前に逃げだした人が居ないか捜索してるんだわ」
「クソ、全員王城調べててくれりゃいいのにっ」
彼女の手を引いて北門を目指す。
「おい、アレ!」
っ!? 見付かった!?
「槍の英雄様ーっ」
手を振られて一瞬驚く。手、振り返した方がいいかな?
とりあえず友好的に手を振って別れる。
こ、これ、大丈夫だったかな?
「あなた、大胆ね……」
「うぅ、だって仕方ないじゃないか。あのまま無視してたら不審に思われただろ」
「でも、今ので貴方が魔族の娘と一緒に居る所を見られたわ」
「気付かれる前に逃げれば勝ちだ」
「それはいいけど……御免なさい、もう、走れないわ」
「え?」
って、裸足じゃないか!?
「なんで靴履いてないんだ!?」
「部屋から連れ出されたのよ? 外用の靴なんて履いてる暇無かったわ」
失敗した……今だともう取りに戻る訳にも行かないか。
ええい、仕方ない。
僕は彼女に背を向けしゃがむ。
「乗って」
「え? こ、こう?」
おずおずと背中に乗ってくる彼女を背負い、僕は走りだす。
兵士たちは僕に突っかかって来そうにないし、英雄だと分かってるなら多分放置でいいだろう。僕が彼女を助け出したことが知れ渡るとしてもしばらくは掛かるはずだ。その間に奥地へ逃げ込むっ。
「貴方、意外と……」
「うん?」
「……なんでもないわ」
何かを言い掛けた彼女は僕に体を預けて来る。
って、そのまま寝てるよこの娘。
余程疲れてたのか? それともただ神経図太いだけか……
「まぁ、いっか。とにかく、これで走りやすくなった」
レベルの御蔭か女の子一人背負ってても重くもない。
槍は邪魔になるからしまってあったけど、北扉を出た時点で魔物の襲撃が始まったので、槍を使って薙ぎ払う。
結構強い魔物だけど、駆け抜けるだけで牽制をするのなら槍を振るだけで僕一人でもどうにかなりそうだ。
そのまま駆け抜け、殺到しているグネイアス帝国軍が見えなくなるほどの北側。
国境と思しき柵があったけど、飛び越えたら問題無く通過できたのでそのまま駆け抜ける。
しばらく駆けると魔物の生息域が変わったらしく、またよくわかんない魔物達が出現してくる。
彼らを槍一つで牽制しながら走り抜ける。
息が続かない? いやいや、こんなにせわしなく動いているのに、なぜかわからないけど今の僕は無敵じゃないかってくらい気力が充実している。
よし、到着ッ! これで当面は安全だ。




