九十二話・その少女の絶望を、彼らは知らない
SIDE:月締信太
気が付いたら、僕はたった一人になっていた。
魔王城で一人きり。
う、うぅん? どうしよう。
皆何処行ったんだろ?
調度品に目を奪われて見ながら歩いてたら居なくなってたんだよね。
全く、皆揃って迷子とか何してんのさ。
ちゃんと戻って来てくれよホントに、もぅ。
しばし、その場に居たんだけど、なんかこう、待つのって性に合わないんだよね。
なので皆を探すために探索を始める。
左右の通路に入っては行き止まりで折り返すを繰り返す。
ん? 足音?
とりあえずこっち調べてから……と。
扉を開く、そこには……泣いている誰かが一人、ベッドにうずもれていた。
そいつは僕の気配に気付き、誰? と体を起こす。
寝起きのようにばらつく髪。涙で張りついた髪、さらさらと流れるその白銀の髪と真っ赤な瞳に黒い白目。
魔族だ。
それはすぐに理解出来た。
少女型の、魔族だ。
額に一本、赤い角が生えている。
耳は長い。エルフとかと同じ耳長族って奴だろう。
肌の色は青みがかっている。人の肌とは到底思えない薄い青白色。
その、儚く嘆く少女の姿に、僕の全身がトクンと揺れた。
「……誰? お父様は書斎よ。用事があるなら早めに済ませた方がいいわ。そろそろ、お父様が亡くなるから」
「……ぁ」
それで、気付いた。
彼女は魔王の娘だ。父親である魔王が今日、殺されることを知っている。
そして、殺すのは僕らだ。
これはもう、既に決まったことだったらしい。
魔王の方でも既に情報を手に入れていたようで魔王は僕らを迎え討つことなく、自分を殺すことで最小限の被害でこの地を帝国に任せることにしたらしい。
でも、彼女が見付かったら、どうなる?
魔王の娘。帝国がここを侵略し、彼女を見逃すなどありうるか?
反逆の旗頭にされかねない存在。
良くて軟禁、悪くて慰み者。最悪は……公開処刑。
駄目だ。無理だ。嫌だっ。
見付けてしまった。
理想的な僕にとっての人外少女。
そんな存在が、他人に蹂躙される? 絶対嫌だ。
他人の都合で殺される? ふざけるな。
「僕は……月締信太っていいます。槍の英雄です」
「……そう、貴方が、父を殺すのね? それとも、もう、殺した?」
「仲間とここに侵入したんだ。でも、僕はまだ魔王には会ってない。その前に、君に会った」
そう言いながら、僕は槍を仕舞って彼女に近づく。
てっきり殺しに来たのだと思ったんだろう。武器を仕舞った僕に目をぱちくりとする。
「君を、助けたい」
「……え?」
「魔王は多分、他の英雄が倒すと思う。でも、その後は? 僕が聞いた話じゃ帝国がここを占領するって、でもその時魔王の娘って、どうなる?」
「それは……そう、ね。もう生かされる意味はないと思う」
彼女自身も自覚していたらしい。
少し残念そうに告げる。もう、自分は死ぬのだと、父の死は変えようがないのだと知った諦観を顔に滲ませる。
「一緒に、逃げようっ」
「……なぜ? 逃げる必要があるの?」
「それは……」
「私が逃げたら、どうなると思う? 追手が掛かって逃亡生活。その末に殺害?」
僕は応えられない。
だって、僕自身がそうなるだろうと理解していたから。
だから、僕は彼女を救えない。救える訳がない筈なんだ。
「で。でも、このままここに居たら、帝国に捕まるっ、そうなったら君はっ」
「殺されるか、犯されるか。いいえ、きっと殺されるわね。もしくは魔族好きの変態貴族に奴隷として売られるか……」
「……嫌だ」
「え?」
「そんなの、嫌だっ。君みたいに可愛い子がそんな辛い人生送るなんて、僕が嫌だっ」
勢い余って彼女の手を掴む。
「傲慢ね」
はっと我に返る。
確かに、僕の勝手な都合で彼女の人生を勝手に決めようとしてる。僕は、確かに傲慢ではないだろうか?
「だけど、それでも。僕は、君に生きてほしいっ」
構わない。傲慢でいい。それを無くして彼女が死ぬと言うのなら、傲慢で何が悪い?
「なぜ? 初対面でしょ?」
「そうだけど、そうなんだけど。僕は……」
「ふふ、なら、私の事、一生面倒見てくれるの?」
蠱惑的に微笑む彼女に、一瞬たじろぐ。
「きっと地獄よ。追手に追われ、定住の地はなくて、どんどん追い詰められていく。頼れる者も居なくなる。それでも……終わりの果てまで、一緒に居てくれて?」
僕は……
僕は……
ぼ、く……は――――
僕は、彼女を引き寄せた。
勢い余って唇同士が触れ合う。
それでも、強引に彼女を抱き寄せる。
「……傲慢ね」
「それでいいよ。僕は、君が欲しいんだ。だから、一生を掛けて守ると誓う」
この選択が正しいのか間違ってるのか、僕には分からない。
でも、彼女と一緒に居たいと思った。幸せにしたいと思ってしまった。
たとえ地獄しか待ってない未来だとしても、僕は、この道を選んだことだけは後悔したくない。




