八十九話・その男の心変わりを、彼らは知らない
SIDE:矢田修司
魔族の男と睨み合いをやっていた。
自分でも何してんだろうって思うが、いちゃもん付けて来やがったのはコイツだ。
こうなったら徹底的にどちらが上かわからせて……
「矢田さん、俺先行ってます」
あぁ? 光来、テメェ俺を放置する気……おい、嘘だろ!?
光来が走り去るのに気付いてそちらを見れば、もうそこには誰もいなかった。
チームの皆が俺を放置してさっさと行っちまいやがったのである。
「ヒャハハ、おいおい、味方に見限られたかァ?」
「ンだと?」
魔族のクソ共に好いように言われムカついたが、実際このままここで乱闘すれば完全に置いて行かれる。
このままだと次に切られるのは俺ってことになっちまう。
そう考えた時、地球でチームの総長との対話を思い出した。
「矢田よぉ、俺に憧れてるんだってな?」
そんなことをいいながら煙草を吹かす白い特服を着た総長、俺にとっては憧れの人だった。
でも、あることでチームから追い出された。
副総長の裏切り、それが許せなくて、総長に会って、俺、悔しいっす、そんな事を言った時だっただろうか?
「俺みたいにはなるな。使えねぇと思ったもん切るのはいい。だが、覚悟しろ。使えねェモンを切り捨てるってぇこたぁ、そいつらに怨まれるってことだ。それだけじゃねぇ。そいつのダチも納得できなきゃ敵になる。敵を作り過ぎれば次に切られるなぁ、おめぇだ。今の俺は、そうなった未来のお前と思え。決して俺みてぇにゃ、なんじゃーねぇ」
ああ、そう、だった。
憧れと同時に、あの人の生き様は、絶対に真似しちゃならねぇものだった。
でも、と気付く、
結局俺がやってたのはあの人の人生なぞってただけである。
こうして置き去りにされて気付く。
どうせ不良だなんだと嫌われ者なのは分かっていたつもりだった。
あいつらとの関係もそこまで強い絆があるわけじゃねぇ。
でも、切られると思った時、ゾッとした。
あの人の志半ばで去らねばならなかった辛そうな顔がフラッシュバックする。
俺もああやって皆に捨てられるンじゃ? そう思った時今まで切って行った奴らの顔が浮かんだ。
俺も、ああやって泣きそうな顔の負け犬になっちまうのか? それは嫌だ。
だが、俺一人でこんな場所でどう生きれるか? と考えると、いままでよりも薄汚い生活しか残されてねぇように感じた。
一人になるにしてもせめて普通の街についてから、その方がいい。
それまでは自重した方がいい。
次の魔王領でデブを切ろうかと思ってたが取り辞めだ。
それに、あのデブ、意外と隙がない。
あいつの手落ち、なんかないかと考えてみると、むしろあいつがいるからこのチームが機能できていることに気付かされる。
俺やリックマンや光来が突撃できるのも、あいつが後ろでサポートしてると分かってるからだ。
不意打ちや討ち漏らしをしても、あいつがしっかりとその穴を埋めてくれていた。
さらに女性陣のテンション維持もアレで意外とまめにこなしていた。
デブだから恋愛感情までは抱かれないらしいが、全体の動きを見て、何処をフォローすればいいか、女性陣が求めてるものは何か、チームに足りてない者は何か、全てに備えて動き、助けているのはあのデブだけだった。
あいつがこのチームの要になっていた。
朝臣の遠距離攻撃も、さりげなくあいつが誘導していたし、シシリリアからの回復アイテムもあいつの指示で的確に俺達に届けられていた。
そもそも、今まで回復関連は小玉たちがやっていたのだ。
そのフォローが途切れていないのは、デブが全体の動きを見て的確に女性陣に頼んでいるからに他ならない。
たまに、シーパにも指示という名のお願いをだして俺達のフォローまで行っていたのだ。
それに気付いた時、なぜかあいつが総長の姿と被って見えた。
あの人も、全体を見ての指示出しは凄かった。だから俺も憧れたのだ。
結局、俺らのチームはあの人を失ったことで瓦解した。
副総長がこんなつもりじゃなかったとサツに捕まった時に俺に向かって泣きそうな顔で告げていた。
その後、俺らのチームが今の所属チームに吸収されるカタチで統一され、新しい総長の元最下層の下っ端としてカツアゲやオヤジ狩りをさせられる日々になっちまった。
つまり、今、あのデブを切れば、待っているのはこのチームの崩壊だ。
魔王倒して元の世界へ戻る以前の問題でチームがなくなっちまう。
さすがにそれは駄目だ。
あいつらに追い付いた俺は、追い付いてきた魔族たちから逃げるように皆と脱出する。
その時あのデブが脱落するかとも思ったんだが、急にスプリンターみたいな走りで俺の横を駆け抜けて行きやがった。
奥の手を隠してやがったのだあのデブ。
いや、違うな。奥の手の一つを見せて来ただけだ。他にも隠してる能力は幾つもあるだろう。いろんな状況に備えるために周囲に漏らす能力も極限まで減らす、あいつはそういう存在だ。総長だってそうだった。だから、あいつにはまだ奥の手が幾つも残っている。
常に自分にとって有利に働く立ち回りをしている。
その為に俺達チームをフォローして、自分の立ち位置が危険地帯にならないようにしているんだ。
あいつを追い詰めた時、おそらくその追い詰めた奴は破滅する。
それ程に、あいつは敵にとって危険な存在だ。
曇ったガラス窓を拭きとったみたいに、俺の相手への容姿に対する蔑みのフィルターを取れば、このチームの面子が隠している裏の顔がなんとなくわかってしまった。
だから、デブの凄さに気付いて、俺は自然、あいつを褒めていた。
 




