八十六話・その青年が向う先を、青年しか知らない
SIDE:斬星英雄
ふらふらと、ただ歩いていた。
人類至上主義の国。だけど、僕を至上だと言ってくれる人はいない。
他の英雄たちにも会いたくない。
どうせ魔族の国に行くらしいけど、この近辺に居るとまた会いそうな気がする。
だから、遠くへ。
できるだけ、彼らが来ない所へ。
なんとか必死にお金を集め、本日寄り合い馬車に飛び乗った。
なんだか教会の方が騒がしかったけど、放置して町を出る。
目指す場所はハルンバルン王国。
魔族領とは逆方向にあるこの国なら、きっと知り合いに会うことはない。
少しだけここでお金を溜めて、もっと遠くに行くんだ。
英雄となって活躍することは出来なかったから、せめて、せめてそう、田舎の片隅でスローライフを。知識なんて殆どないけれど、それでも、きっと、何とかなるって……
フィールドを覗く余裕はない。
がたがたとゆれる馬車の中は座り心地最悪だ。
隣にはむさくるしいおっさんと逆方向にはひげもじゃのおっさん。
対面には不安そうな親と女の子。それと若い冒険者風の青年が一人座っている。
「よぉ、坊主、ハルンバルンに行くのか?」
隣のおっさんが声を掛ける。
反応しないと失礼だろうか? そう思っていると、対面の青年が声を出した。
どうやら僕ではなくてこいつへの声掛けらしい。紛らわしい。
「ああ。向こうで一旗揚げるんだ。魔物どもを駆逐して有名な存在にのし上がるのさ!」
「ああ、なんだお前さんナイデリア在住だったのかよ」
「だったらなんだ?」
「いや、一応伝えておくけどよ、ハルンバルン王国の街中で魔物見掛けても迂闊に狩るなよ?」
「え? なんでだよ?」
「貴族がペットとして飼ってる可能性があるんだよ。そんなもん殺したら一発で犯罪者だ。一旗揚げる以前の問題になっちまうからな」
「はぁ? 魔物をペット!? そいつら頭おかしいんじゃないか?」
いや、貴族ならやる。多分やる。見栄え重視のあいつらなら恐ろしい魔物をペットにして儂はこいつをペットにしとるんだ、お前さんとこは? みたいなマウント取って来る。
僕らの世界でもライオンや熊飼ってるペット愛好家がいたからね。
「いや、国が変わればそんな所もあんだろ。そもそもナイデリアが特殊なんだぜ? 魔物排斥行きすぎてるしよ」
「ンだと貴様! まさか魔物愛好者か! 殺してやるッ!!」
って、なに剣引き抜いてんだよ!?
「き、きゃああぁぁぁ――――ッ!?」
「ひ、ひぃぃぃぃ――――ッ」
「嘘だろ、おい!? 馬車の中だぞ!」
「煩い、死ねェッ!!」
クソ、このおっさん武装すらしてない。その筋肉だるまは飾りかよっ!
下手すると殺人が目の前で行われそうなので、仕方なく剣を引き抜き、打ちかかって来た青年の剣を弾き飛ばす。
「なぁっ!?」
「うおぉ!? すまん、助かった」
「礼はいらない。御者の人、一人蹴り落とすが問題無いか?」
「ウチの馬車で人殺しするようなのは客じゃぁねぇよ。さっさと落とせ」
一応許可を貰って、剣を無くして慌てる青年の胸倉を掴む。
「お、おい、なんだよ!? お前は関係ないだろ?」
「馬車で暴れてんじゃねーよクソが!」
「ま、待て、あいつは魔物愛好者だ。このまま生かしておいては……」
「るせぇっ! 他の客の迷惑だっつってんだよ、消えろっ!!」
胸倉掴んだまま幌の端に向かう。髭面の男性が即座に動いて幌を開く。外が見えるようになったので、背負い投げの要領で青年を投げ捨てた。
「うわぁぁぁっ!? いでっ」
「こいつは持ってけ。次は馬車で暴れんじゃねーぞ」
「え? わ、わ、嘘だろ!? 魔物だらけの場所に放置って、この人でなしーっ!!」
「そんなに魔物が嫌いなら気の済むまで狩ってこい。そこなら狩り放題だぞ」
遠くなっていく青年が喚いている。
どうでもいいので豆粒位になったところで定位置に座り直した。
もう、あの青年には会うこともあるまい。
「あー、その、迷惑かけたな」
「気にするな。僕としてもいきなり斬り殺しに掛かって来る奴と同道したくはなかっただけだ」
「で、でも、その、あんな場所に放置なんて、よかったんでしょうか?」
悲鳴をあげていた母親がおずおずと答える。
「仮にも冒険者らしいからな。剣も返してやった。あとはあいつの運次第だ。奥さんも魔物に襲われかけたと思ってさっさと忘れた方がいい」
「は、はぁ……」
まったく、おちおち気落ちすらさせてくれない。この世界は最悪だよ。
それからしばらく、馬車の中は静寂に満ち、誰も口を開こうとはしなかった。
やがて、街門が近づき、活気ある音が耳に届いて来る。
どうやら次の街へと着いたようだ。
「まずは、冒険者ギルドかな」
これからは一人きりの冒険が始まるんだ。
何をどうすればいいか、まだわからない、でも、きっと、英雄たちとパーティーを組むよりは気楽にやれるだろう。
無理をする必要もない。弱い魔物から狩って徐々に慣らしていこう。
きっと、今までが急ぎ過ぎたんだ。




