六十話・その英雄たちのギスギスを、彼らは知らない
グーレイたちがダレダスケベスの宿で一泊した翌日の事。
英雄たちもまた、別の街で朝を迎えていた。
SIDE:灼上信夫
また朝が来た。
異世界の朝は意外と目覚めがいい。
何しろ都会と比べて空気が澄んでいるのだ。
都会だと外歩くだけで鼻の奥が真っ黒に汚れるからね。毎日鼻ほじって掃除していたもんさ。
おかげで鼻の穴が広がった気がするが、まぁその辺りは生まれつきの鼻だったと思っておこう。
そんな都会のゴミゴミした空気と比べると、朝靄が町を包むこの世界の朝はあまりにも清浄に思えた。
とはいえ、万年引き籠りの僕にとっては朝日の眩しさはあまりにも厳しく、溶けて死んでしまいそうになる。
うぅ、くらくらする。
なんで今日は朝早くから外に出なきゃならないんだ。
「灼上さん、大丈夫ですか?」
「朝弱いんだよシシリリアたん。にしても……なんで今日は朝早いの?」
「えっと、冒険者の御二人さんが次の街に行くのに夕方までに付くならこの時間から活動すべきだって、昨日の話、聞いてなかったんですか?」
「いやー。なかなか難しい話は右から左に突き抜けてねぇ」
学校でも基本先生の話は寝ながら聞いてたんだ。
睡眠学習なんて全く意味がないよね。少なくとも先生の話は僕の頭に一文字たりとも残って無かったよ。
とはいえ、成績自体は自己学習でなんとか赤点は免れてたけども。
大学行くのが面倒で、高校卒業してからは家にヒキコしてたからなぁ、あんな頭使う講義みたいな話僕の頭が耐えきれるわけないじゃないか。
「にしても、随分とハイペースだよね」
「そういえばそうですね。三日で三つ目の街。普通ならまだ一つ目の街に居てもおかしくないと思うんですけど」
ふーむ。なんだかむしろ急いでるように感じるな。
僕らのレベルアップを謳ってるけど、あの冒険者のレオンとシーパ。何かしら目的があってそこに僕らを向かわせようとしてないかな?
冒険者ギルドから帰って来たレオンとシーパに案内されるまま、僕らは再びフィールドへと向かう。
装備などはレオンたちが適当に買ってきているので僕らは着のみ気ままに戦闘を頑張るだけである。
アイテムとか、買い方教えなくてもいいんだろうか?
そっちの方を教えて貰った方が動きやすいんだが?
まぁ、その辺りはグーレイ氏から教えて貰ったので僕とシシリリアたんはこのチームから抜けても普通に冒険者できるんだけども。他の面子は切られたらそこで詰むのでは?
「っし、あのパグっぽいの俺が貰うぜ!」
「あ、待って、あれは……」
弱そうな犬のパグがフィールドを歩いているのを発見し、斬星が我先にと駆けだす。
お馬鹿かな? 新しく出てきた敵なんだからもっと警戒すべきだと思うんだけど?
仕方ない、魔法唱えておこう。
「貰った……ぞぉぉぅわぁっ!?」
上段からの振り降ろし、が当るかと思われたその瞬間。
パグの頭がぱぐっと開き、中から触手の群れが襲いかかる。
はいよ、ファイアーアロー。
加速力のある炎の矢を放つ。
剣に触手が巻き付き、引っ張られて焦る斬星。その真上から放物線描いてパグっぽいのにファイアーアローがぶち当たる。
「ギャウ!?」
「ひぃぃ、た、たすけっ」
「この、阿呆が!!」
僕が作った隙の御蔭で追い付いたリックマン氏が斧を振り落としてパグっぽいのを両断する。
「こ、怖かった……なんだアレ、き、奇○獣のパロディか?」
「馬鹿じゃねぇか。新しい魔物相手に無防備に突っ込むんじゃねーよ」
矢田がいつになく正論ブチかましてる。
斬星はそんな矢田を無視してパグの亡骸を剣でつっつく。
「なんだよ、この魔物?」
「ミミックパッグよ。この辺によく出る魔物なのだよ」
「迂闊に闘わないでくれよ英雄君。さすがに今のはフォロー間に合わなかったぞ」
「あ、すいません」
レオンもさすがに苦言を呈す。
斬星は似たような性格の光来に先んじて目立とうとしてるせいでここしばらく空回っている。
自分が先だと突撃して結果失策で皆に迷惑かけているのだ。
御蔭で光来も最初は焦っていたモノの、最近ではむしろ勝手に自爆してろよ。と放置気味である。
「次は、あいつかな……」
矢田が舌打ちしながら僕の近くを通過する。
その時に小さく呟いていた声に、思わず声を出しそうになった。
危ない危ない。下手に反応すると眼を付けられかねない。ああいうDQNは関わり合いにならないのが一番だ。
前の世界だったら多分眼があっただけで金せびられてぼこぼこにされて投げ捨てられるのだ。下手したら唾吐き捨てられるかもしれない。それぐらい危険な人物なのである。
そんな彼がまたチームから追放する人物を決めたらしい。
でも、正直これ以上面子が居なくなると冒険に支障がでてくるのだが、その辺り、彼は気付いているのだろうか?
「ちぇ、あいつホント最悪だよね。結局今回も悪態付くだけで何もしてないし」
「シシリリアたんは彼の事嫌ってるねぇ」
「そりゃそうでしょ。グーレイさん嵌めた奴だし、ピピロにまで酷い事言ったし、尾道さんまで……あいつの方が要らないってのに……」
「けど、あれで戦闘面には頼りになるのは確かなんだよね」
「魔王倒したらさっさと追放してやろうかしら?」
「やめときなって。ああいうのは逆恨みしてしつこく付きまとって来るんだ。関わらないに越したことはないよ。どうしても許せないならグーレイさんの所に行く方が何倍もマシだ」
「それは……まだ駄目。強くならないと、それに、朝臣さんたちをこのままにしておくのは悪いし」
結局、彼女は自分に何らかのいい訳をしながらグーレイさん達の元へ向う事を嫌がっている。本人は気付いてないようだけど、おそらく彼かその周辺に嫌悪か何かを持ってるんだろう。
ホント、人間って面倒臭いなぁ。ゲーム内の嫁たちはすっごく可愛くて素直なのに。
ああ、なぜ僕はゲーム世界の住人に成れなかったんだろう? 主人公に、成りたかったなぁ。




