その男以外を、彼は覚えられない
換金と武器の買い物を終えたカインたちは、ギルドとやらに向っていた。
ここでアルセをネッテのテイムモンスターとして登録するのだとか。
それがアルセの安全に繋がるということなので、問題はないように思えるのだけど……大丈夫かな。
「テイムモンスターって何か制約みたいなのあるんですか?」
「ええ。脱走防止と他人に迷惑かけないように首輪に電撃が走るらしいわよ」
「そ、それをアルセに?」
「馬鹿言わないの。首輪付けなきゃ大丈夫よ。本当にテイムするわけじゃなし。エンブレムさえ付けとけばいいの。魔法式認証焼き付け方式だから痛みも無いし。ただ、誰の所有物かってことの証明をしてもらうのよ」
「こいつの家系がイイとこでな。その紋章に手を出そうって奴はそうそう居ないっつーわけだ」
なるほど。そういう方法なら僕がとやかくいうことはなさそうだ。
……言いたくても何も言えないけどね。
こういう時、声が聞こえないのは辛いな。
ギルドに入ると、なるほどと納得してしまった。
冒険者でごった返す店内。カインたちもさすがに窮屈そうで、満員電車の中を歩くような感じで進んでいく。
……これ、僕バレんじゃないかな?
「きゃあぁっ。誰か今お尻触ったっ」
「誰もいないわよ。何かが当っただけでしょ」
「おっと悪り……ありゃ? いま人とぶつかった気がしたんだが……」
……意外と気付かれないらしい。
人込みをかき分けて進むと、ようやくカウンターを見つけた。
カウンター内には三人の女性が座っていて、正面に第一、第二受付。
側面にその他受付と看板が立てられている。
「アルセ、ちゃんと付いて来てる?」
「大丈夫ですよ。なぜか知りませんけどちゃんと来てくれてます。手を引く必要もないみたいです」
当然、僕が手を引いているからです。
当のアルセは手にした魔道銃をカチカチと空砲発射しながら僕に連れられて歩いてきていた。
人に押されたりしながらも、マーブル・アイヴィを発動させないところをみると、身の危険は感じていないようだ。
ちなみに、銃弾は三つ程買ったみたいだけど、銃に込めるとアルセが即座に発射しそうなので、リエラが持っている。
後で教会で魔法を込めてもらうと言っていた。
ネッテはその他受付の方へと回ると、行列の最後尾に向う。
「しばらくかかりそうですね」
「まぁ、ここはいつもそんな感じだし。リエラはカウンターが違うでしょ? アローシザーズの依頼、さっさとこなしてきなさい」
「あ、そうだった」
ネッテに言われるまで忘れていたらしい。リエラは慌てて正面受付へと向って行った。
ちなみに、カインはといえば、壁に貼られた写真や似顔絵に見入っていた。
さすがに人が多いので近づく気にはなれないけれど、どうやら彼が見ているのは賞金首らしい。
懸賞金を付けられたそいつらは、倒せばギルドの英雄だ。
丁度、どこかの誰かが賞金首の一人を倒したらしい。
ギルドの店員が賞金首リストの前にやってきて、筆のようなもので大きくバツ印を付ける。
その途端、落胆と歓声が同時に響き渡った。
ある一角でやったなーっとか人だかりができているので、おそらく賞金首を倒した人物がいるのだろう。
そうこうするうちにカインがこちらにやってくる。
「凄いな。グレートドラゴンをやったらしいぞあいつら」
「あら。竜種を倒すなんて随分がんばったじゃない。っていうかこの近くいたんだ。遠くでは聞いたことあるけど」
「北の山脈に最近居ついてたらしいぜ。今から打ち上げ行くらしい。元気だねぇ」
「私達も行く? キルベアとアローシザーズでも充分誇れるわよ」
「やめとく。どっかの誰かさん酒癖悪いし。服脱がされたくねぇからな」
服、脱がすんだ。ネッテ……
「すいません、お待たせです」
どうにもこちらの待ち時間の方が長いらしい。
依頼完了報告を終えたリエラが戻ってきた。
「初依頼完了か。やったじゃねぇか」
「これもみなさんのおかげです。ほんと、私一人だったらどうなってたか……」
思い返しても結果は分かりきっていた。
アルセが体当たりしてしまったあの化け物にやられていただろう。
まさに奇跡的な邂逅だった。僕がアルセを抱えて逃げなければ、彼らは出会う事はなかったのだから。
でも……なんか、いいな。こういうの……
笑い合う三人を見て、僕は思わず幸せな気持ちになる。
でも、それも数秒。
その輪の中に入れない自分に気付き、切なくなった。
契約書を作成したネッテは、それを持ってアルセと共に専用の部屋へと通される。
カインとリエラは無関係なので部屋に入ることはできなかったけど、僕だけは特別だ。だって誰も制止などできないのだから。
通された部屋はとても暗い一室で、部屋の中央に魔法陣が描かれ、淡い光を灯らせていた。
こういうのを見せつけられると、ファンタジー世界に来てしまったんだな。と再認識させられる。
「それでは、こちらのアルセイデスをテイムモンスターとして認識いたします。最終確認ですが、よろしいですね」
「ええ」
白のフードを目深に被った人物が五人。
いづれも顎の輪郭から男性と思われる。
一人ケツアゴと呼べるほどに割れているのもいるが、どうやら彼らが魔法式証明とかいうものを行う職員なのだろう。
……なんだろう。あのケツアゴがあまりにもインパクトがあり過ぎて他の人物の特徴が全くわからない。
ネッテに連れられ魔法陣の中央にやってきたアルセは僕から離れて心配なのか、不安そうに周囲を見回している。
そのネッテも離れ、かわりにケツアゴがアルセに近づく。
怯えた表情のアルセ。
なんか嫌な予感しかしないな。仕方ない。
僕はアルセに近づくと、背後から頭を撫でてやる。
ビクリと驚くアルセだったけど、相手の姿が見えないと気付くと、僕が傍にいることを知ったらしい。
安全だと思ったのか、そのまま指を咥えてケツアゴを見つめ出す。
もう大丈夫かと、僕はアルセから離れた。
ケツアゴが呪文を唱え、その全てを唱え終えると、ネッテが歩み出てケツアゴが懐から取りだした短刀を握る。
自分の親指に傷を付け、その血をアルセの胸と首の間に付ける。
アルセが首を捻っている間にネッテが下がると、ケツアゴがまた呪文を紡ぎだす。
すると、床に描かれた魔法陣が輝きを増した気がした。
やがて、ネッテが残した血が輝きだし、動き出す。
何か紋章のように広がると、そのまま同化するようにアルセの身体に染み込んでしまった。
それを確認したケツアゴは、深い息を吐きだすと、ネッテに向き直る。
「焼き付けは無事終わりましたネッテ様。この魔物は貴方様の所有物となります。首輪はお付けなさいますか?」
「必要無いわ」
「では、これで終了いたします。またのご利用、おまちしております」
どうやらこれ以上ここにいる必要もなさそうだ。
アルセの手を引き外へと出ていくネッテに続き、僕も外へと脱出。
なんとか閉め出しされることなく部屋をでることに成功した。




