三十七話・その怒りが偽りだということを、彼女は知らない
「テメェ、何やってんだよッ!!」
熊の魔物を撃破した。
それを認識して力尽きるように座る者、大きく息を吐く者、怖かったぁっと朝臣に抱きつくシシリリア。
そんな中、矢田は肩を怒らせるように歩き、座り込んだままほっと息を吐いていたピピロの胸倉を掴み上げた。
「な、何を!?」
と驚いた次の瞬間、顔を突き合わせた矢田が吐きだした言葉が、「テメェ、何やってんだよッ!!」だった。
「何をって……檸檬さんが危ないと思って、カバーを……」
「その後だッ! 盾職だろォが! 盾跳ね上げられてどーすンだッ! しかもその後は無防備に攻撃受けるつもりだったのか!? アァッ!!」
「そ、それは、でも……」
「でも、じゃねェんだよ! テメェ盾なのにぜんっぜん使えねェじゃねーか!」
「わ、私、盾とか、扱った事……」
「うるせぇ、使えねぇ奴はいらねェンだよッ! 守れもしねぇのに前にでてくんんじゃねぇよ!!」
クソがッ、と投げ捨てるようにピピロを離す矢田。
勢い付いたピピロは尻から倒れる。
「お、おい、弓の、さすがに言い過ぎじゃ……」
「今のはデブがぎりぎり間に合ったからよかっただけだ。下手すりゃ纏めて死んでたぜ。お前らだって分かるだろ?」
さすがに言い過ぎだと声をかけた斬星も、光来も一度ピピロに視線を向けた後、確かに、と納得したように視線を逸らす。
「大丈夫かねピピロ君」
「あ……はい」
リックマンがやって来てピピロを立たせるまで、彼女は言われた事が自分でも納得できることだったせいで力が抜けたようにその場で不抜けていた。
自分は確かに、このパーティーでは役に立ててない。
本来なら盾を使って皆を守る役目を持っているのだろう、しかし、力不足。
あまりにも非力で守る筈なのに守られる始末。
灼上の魔法が間に合わなければ確かに、杙家諸共殺されていただろう。
彼の攻撃の御蔭で一瞬、魔物の注意が彼へと逸れた。
その一瞬が護衛二人の到着へと繋がった。二人が間に合ったのも灼上が魔法を放った御蔭である。
「いやいや、君が檸檬たんを守ったから僕の魔法が間に合ったんだ。盾職として立派に守れてたよ」
と灼上がフォローしてくれるが、ピピロには素直に頷ける状況ではなかった。
「おい、おっさん、その盾女、次の街で置いてった方がいいんじゃねーか? 旅に耐えられるとも思えねぇぞ」
「いや、しかしだな矢田。彼女とて新米だ、いきなり強敵が現れたんだ。守れただけで良しとすべきではないか?」
「どうだかな。あんたも本心じゃあいつ連れてっても途中で死ぬって理解してんじゃねーの」
リックマンは矢田の言葉に即答で反論出来なかった。
一瞬の詰まり、それが彼の本心を露わしているようで、ピピロの心に深く突き刺さった。
「あー、はいはい、とにかく移動しよ。さすがに魔物が出てくるフィールドで仲間割れはよろしくないっしょ」
「そうだぞ、まずは町で落ち付こう。今回の襲撃は気付けなかった俺達にも落ち度がある。まさかこいつが森の浅い部分に出てくる事自体が想定外だったからな」
「ん? あの、それって普段は出て来ないってことですか?」
「その通りだ月締君。こいつは深部も深部。最奥周辺にしか出て来ない。極めて凶悪で個体数も少ないが、その分森から出てくることはないはずなんだ。こりゃギルドに報告案件だな」
「おおっ、すげぇ、滅茶苦茶食材の宝庫じゃねーか、うはは、最高ッ」
「ちょ、ちょっと陸斗、皆移動始めてるよ!?」
「久々の大物解体だ。もうちょっと待ってくれ。すぐ終わらせる」
「いや、こんな大物すぐ終わんないから、王様の言ってたアイテムボックスに入れて後で解体しなよ。ね? ね?」
「あ? あー、そうだな。そんな便利グッズあったっけ。英雄全員が使えるんだっけ? えーっと、こうか?」
アイテムボックスに熊の遺体を詰め込む小玉。
解体で必要素材も取れるので、基本倒した魔物は彼が解体して皆に配る、あるいは安全な場所で解体できるよう彼が遺体をアイテムボックスに保管するという感じに決まっていた。
何度かアイテムボックスを使っている小玉だが、初めての大物相手で頭からすっぽり抜け落ちていたらしい。
杙家に言われて慌てて遺体を詰め込んでいた。
その後は大して危険なこともなく、日が落ち切る前に町へと辿りつき、街門が閉じるより早く町に滑り込む事が出来た。
冒険者ギルドへの報告にレオンが居なくなり、シーパに先導された英雄たちは、一先ず宿屋へと辿りつく。
「とりあえず、今日はここまで。一度ゆったり寝て、話し合いとかは明日にしましょ。皆疲れただろうから早めに寝る事」
と、シーパは念押ししたものの、英雄たちがすぐに寝るだろうとは思えなかった。
部屋を三つだけ取り、5、5、4の人数割で自分たちも入り込むことで不和が起こるのを防ぐことにしたが、いかほどの効果があるだろうか? シーパには不安しかなかったのだった。
 




