三十五話・その強行軍を、英雄たちは知りたくなかった
「ふむ、にっちゃう相手なら楽勝っぽいな」
「まー、雑魚な魔物だしねー」
英雄たちを案内しているレオンとシーパは、彼らの闘いを見てそんな感想を口にした。
「じゃあ、ちょっと遠出して次の街に行っとくか」
「おー、行っちゃう? ダレダスケベスの街」
「あっち方面ならにっちゃう以外の魔物が出るしな」
英雄たちの知らない間に別の街に行く事が決まっていた。
しかし、その事についてはまだ誰も気付いてすらいなかった。
皆、初めての闘いに夢中で、誰も彼らの会話には注意を払っていなかったのだ。
それはリックマンとて同様で、初めて相対する魔物を倒す事に注意を払い過ぎており、味方への注意は散漫になっていた。
矢田も同様、初めての殺害にテンションがあがり、そのまま次の敵を探しては突撃を繰り返す。
草原地帯はにっちゃうが多いので見敵必殺でレベル上げができると、斬星や光来もまた、矢田同様にテンション上げてにっちゃう大量虐殺を手伝っていた。
「なんであいつらあんなに嬉々として殺しが出来んのよ?」
「あ、はは。にっちゃうちゃん可愛いから倒すのちょっと抵抗ありますよね」
「んー、それにしても不思議な体してるなぁー、にっちゃう。あのボディの中、どうなってんですかね? 口、無いんですよねあの魔物」
「あ、そう言えば確かに」
「んー、料理には使えそうだぞ。普通にウサギ肉って感じだし、一体の肉体積が多いから、ってか骨がねーんだが?」
小玉の言葉に嘘だろ? と灼上と月締が彼が捌いたにっちゃうを覗き見る。
「ほぅ、これはまた変わった消化器官、というか本当に骨がない!?」
「まさに肉だるまですね。へー、中こうなってるんだ」
「いや、あんた達も大概オカシイわよ……魔物解剖って正気?」
「解剖じゃねぇ。解体だ。食材の使える部分探してんだよ。何分初めて捌くからな」
「う、うーん。陸斗の料理は一級品だって分かってるけど、この辺りは共感できないかなぁ」
大して、女性陣の反応は悪い。
杙家や朝臣はもちろん、シシリリアやピピロも引いた顔をしていた。
そして、一人呆然と佇む尾道。
彼だけ攻撃してこないと分かっているのかにっちゃうたちが少しずつ集まりもふもふ天国に囲まれ始めていた。
「おーい、そろそろ移動するぞー」
「あぁ? まだ敵が居るじゃねーか」
「永遠ここで狩りをするつもりか? ほら、こっちだ。にっちゃう戦はもういいだろ」
解体を終えた小玉が大荷物抱えて動き出すと、他の面々も移動を開始する。
戦闘狂組もさすがに置いて行かれる訳にはいかないと思ったのか、舌打ちして矢田が移動を始めると、斬星と光来も戦闘を止める。
「尾道さん、そろそろ移動だ。遊んでないで付いて来たまえ」
リックマンに声を掛けられ、尾道もゆっくりとだが移動を開始する。
「いや、リックのおっさん、アレ連れてくる必要無くね? 正直あそこにずっと立ったままでレベル上げもしようとすらしてねーんだぜ?」
「そうだぜおっさん、尾道のおっさん役立たないじゃん」
「僕としてもあの人のやる気の無さはちょっとどうかと」
一応頼れる大人のリックマンに告げる三人。そのどれもが役に立たない尾道さん連れて行く必要あるのか? という意見であった。
確かに、彼の動きが遅いせいで行軍にも支障がでている。
「しかし、今日の間は彼を連れて行くしかあるまい? さすがに戦力外だからとここに放置するのは止めるべきだろう」
リックマンもさすがに尾道のやる気の無さは気になっていたようで、街に帰った後ならお役御免を言い渡すことには賛成のようだった。
安全な町なら彼も生存できるだろうと考えての選択である。
しかし、他の面々はうすうす気づいていた。
どこで別れようが尾道の未来など何も出来ずに生き倒れて死ぬ運命しかないのだと。
「さて、これでクソ雑魚サラリーマンともお別れだ。後はおデブだが、意外に優秀だなあいつ」
「確かに、あのオタクさんは器用だよね」
「彼は別に良いんじゃないかな? 基本三次元には興味ないみたいだし。魔法の腕はかなり凄い。オタク知識でこの世界でも充分な対応ができるし、思考も柔軟だ、それより……」
矢田、光来、斬星の三人は全員が同じ人物に視線を向ける。
「「「あいつ、意外に使えねぇな」」」
視線の先に居たのはピピロ。
褐色少女の彼女は盾の英雄になったのだが、盾を扱った攻撃などしたこともなく、兵士をやっていたというからそれなりの技術を持っているかと思えば、ただの見習いだった御蔭でスキルもない。
「仕方ねェここは俺がガツンと言うっきゃねーな」
街に戻るまではリックマンが頷かないだろうが、街に付いてしまえば問題はない。
既にグーレイを切ったこのメンバーは次に誰かを切るにしても敷居が下がっている。
おそらく自分の狙い通りに切れるだろう、と思わず矢田はにたりとするのだった。
そう足手まといはいらないのだ。ピピロに関しては縋るようなら肉奴隷としてなら連れて行ってもいいかもな、とも思う矢田であった。
 




