三十二話・その生物の種族を、受付のお姉さんは知らない
朝である。
痛む背中をさすりながら起き上がった僕はうーんと背伸びをする。
昨日はキングサイズベッドで爽快な目覚めだったのに今日は民家の一室で床寝とか、なんだろうねこの落差?
汚いかなとか変な虫に刺されないかな? と思ったんだけど、虫たちもバグの危険に敏感なようで、何故か僕やリエラの居る場所からは遠ざかる傾向にある。
特にダニやらノミは大慌てで距離を取ろうと逃げて行くのだ。
アーデたちはグーレイさんの神的超常現象チートの御蔭でその辺の問題も解決してあるんだとか。
僕とリエラに使ってないのは、下手に使ってさらにバグられたら困るから、だそうですよ。仲間はずれはんたーいっ。
にしても、他の英雄さんたちは大丈夫なのかな? 宿で寝ても虫に刺されまくるとか、軽く悪夢な気がする。
こういうファンタジー世界の危険って、現代日本で生きてた面々からすれば、多分日常的常識が通用しないのが一番だろう。
普通の家なら掃除機やら布団乾燥機、あるいは日干しで布団の中にダニやら何やらは結構無くなってる訳だけど、こういう世界だと日干しせず万年床ベッドなのが通常みたいだし、平民街だと普通に虱とか水虫が蔓延してるらしいからなぁ。
さらに風呂に入れないから徐々に臭いが気になりだす。
そういえばこの世界の冒険者さんとかその辺りどうしてんだろう?
リエラの世界だとそれなりに風呂は普及してたから最悪公共の銭湯に入れば良かったけど、この世界はその辺りもなさそうなんだよね。水浴びが普通、みたいな?
「バグ君、そろそろ出るよ。まずは冒険者ギルドに登録に行こう」
おっと、待って待って。すぐ行くよっ。顔洗わせてー。
と、グーレイさんの魔法というかチート能力を存分に使ってさっぱりした僕は、皆と一緒に冒険者ギルドへと向かうことになった。
冒険者ギルドはレンガ造りのそれなりに立派な建物で、入口に分かりやすく紋章が描かれていた。
と言っても、僕らはこの世界の冒険者ギルドの紋章とか分からないので、奥さんに案内して貰ったのである。
あの母子家庭はこれからどうするんだろう? お金こそグーレイさんが与えてたけど、このままだとお金使い切ったらそこで終わる気がするんだよなぁ。
一応知り合った訳だし、知り合いが落ちぶれる姿は、酷い奴以外は見たくないなぁ。
―― いまこそ幸福の王子像を見習うべきですっ ――
やだよ、アレ最後に死んじゃうじゃん。
ってまた普通に反応しちゃったじゃんか。
ホントは見てんだろ?
―― 見てないよぅ ――
見てないのかよ!?
って、見てないとか言う訳ないじゃん。どういう状況なの神界?
冒険者ギルドに入る。グーレイさん、いつもなら注目の的なんだけど、今回はローブを纏っているので怪しい人物とだけの注目を集めるにとどまった。
そも、メロンさんとアーデは隠蔽中だし、僕とリエラはバグってるから見えないし、見えてるのは怪しいローブの生物と若奥さん。
どういう関係だろうか? と探るような視線こそあれ、そこまで耳目を集めることはなかった。
なので、トラブルもなく受付に並ぶと、新規受け付けは殆ど居なかったようで直ぐに順番が回ってきた。
「初めまして。こちらのカウンターでは新規受け付けを行っています。冒険者ギルドへの新規登録で間違いございませんか? ギルド証の再発行、二度目以降の冒険者登録などはあちらの総合受付になりますよ?」
「新規受け付けで間違いないよ。私と、こちらの女性、それとこの少女の登録を頼む」
と、グーレイさんがフードを取る。同時にフードを取って隠蔽を解除するメロンさんとその懐から顔を出すアーデ。
「はい、かしこまり……ひえぇバケモノっ!?」
「えぇ……」
「あ。し、失礼しました!」
グーレイさんを直で見てしまい思わず叫んでしまった受付嬢。
相手が知的生命体と気付いてすぐに取り繕うが。ギルド内に放たれた悲鳴じみた声は消すことは出来なかった。
皆の衆目が集まり、グーレイさんに視線が向う。
皆、初めて見る生物にアレはなんだ? どういう種族だ? と興味津々である。
何しろ肌が銀色だしね。アーモンド形の目とか初めて見るだろう。
亜人種の人すらも珍しそうにしている。
「で、では、こちらに手を翳してください。ご本人様の登録がされてギルド証が精製されます」
おお、なんか最新式だ。手を翳すだけで個人情報引き抜かれてカードに集約されるんだって。
―― えっへん、がんばりました ――
多分反応した訳じゃないだろうけど、パンティさん最近作りだしたっていうから最新式の冒険者カード精製装置とかどっかから参考にしたんだろうな。多分彼女では作れない。僕はそう断言する。
パンティさんはおっちょこちょいで失敗しまくる駄女神二号なんだ。こんな緻密で精巧な技術が彼女の思考回路から編み出される筈がない。
 




