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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
最終話 その彼の名を誰も知らない
1382/1818

EX・喫茶ドドスコイある日の一日

新年号・令和記念

彼らが帰って来ましたw

「だからにゃー、新人君の勉強に狩りだされてあたしゃーお疲れモードなんだにゃー」


「とかいいつつココに来ている時点で逃げて来ているではないか」


「師匠、ところでこの人すっごい馴れ馴れしいですけど誰ですか?」


「ニートですお、先輩、こいつはきっとニートさんですお」


「あはは、ニートニート。シシーでも仕事してるんだよ? やーいニートぉ」


 喫茶店内に、お客の楽しげな声が響く。

 80年代のクラシックが穏やかに流れる店内には、今無数の人々が客として集っていた。

 マスターはカウンター奥でワイングラスを拭きながらにこやかに微笑んでいる。


 少し前まで、彼はブラック企業に勤めるサラリーマンだった。

 会社の歯車として心身をすり減らし、家庭が崩壊するのをただ黙って見つめていた一家の粗大ゴミでしかなかった。

 だが、今は違う。


 唯野忠志は異世界に召喚された。

 運命的な出会いを経て、家族を繋ぎとめ、彼は家族の勇者となった。

 立派な大黒柱になるために、会社を退社し、妻が冗談で告げた喫茶店を経営し始めたのだ。

 初めてのことばかりだし、色々と問題はあるだろう。

 けれど開店直後からそれなりに人が入って来て、今では売り上げも毎日黒字である。


 従業員は雇っていない。

 雇わずとも娘や息子が手伝ってくれるのだ。

 平日は二人とも学校だが、妻と二人で充分回せる。


 会社勤めの時は妻は自分への毒ばかり吐いていた気がする。

 けれど……

 新しく来た二人の男性客に注文を持っていく妻、静代を見る。

 生き生きとした妻がそこに居た。


 視線が合うと、恥ずかしそうに照れ笑う。

 老いが出始めてはいるが、あの日あの時出会い、告白した日のままに、素敵な笑みがそこにあった。

 ああ、私は、彼女の笑顔をずっと傍で見て居たかったから、結婚しようと思ったのだと、今更ながらに再認識する。


「でさ、乱菊さんが最近口うるさくなっちゃって、妻になると束縛するタイプだったみたいで」


「はっ。リア充な話ありがとよ、独り身の俺には関係ないことだけどな」


「おいおい、伊藤だって彼女出来たんだろ。あの子とは結婚しないのか?」


「うっ、いや、あいつはなんか知り合いが居なくなったとかで依存されてるだけで……」


「でも告白されたんだろ? 付き合っちゃえばいいのに」


「う、うるさいな。別に俺のことは良いだろ」


 妻が軽食を持っていった男達はコイバナに花を咲かせているらしい。

 若いなァとほほえましい気持ちになりながらふと考える。

 娘と息子に恋人は居るのだろうか?


 レジカウンターに居る娘、沙織の元へ、五人組の女性客が伝票を持って近づく。

 沙織に彼氏が居るという噂は聞かない。一度それとなく聞いてみたところ、お父さんみたいな男ってなかなかいないのよ。ということだった。

 行き遅れにならないか今から心配である。


「では、会計を頼む」


「龍華っちごっつぁんです」


「あ、師匠奢ってくれるんですか?」


「ゴチになりますお」


「奢り? マジで? 龍華太い腹ぁ~」


「シシー、それ太っ腹だお」


「いや、割勘だろう。殴り飛ばすぞニート駄女神」


「ええ、今月ピンチなのに!?」


 女性客はワイワイ騒ぎながら出て行った。

 少しすると、軽食を食べ終えた男性二人も去っていく。

 店内から客が消え、一段落。


 息子の隆弘が食器を静代と共に片付ける音がしばし響く。

 平和だ。

 理想的な平和な日常だ。


 開店前はとても緊張していた。

 会社を止め、今ある金を殆ど使って開店させたのだ。

 下手すれば破算も視野に入った博打といってもいい。しかし、なんとか軌道に乗った。


 運営のあれこれはなぜか客が教えてくれる。

 特に先程来ていた女性陣の龍華さんとニートさんはよく気に掛けてくれるのだ。

 龍華さんはそろそろ外国に向かうと言っていたけど、ニートさんはちょくちょく来るそうで、確定申告書の提出方法とかいろいろ教えてくれて正直助かった。


 この世は助け合いなんだなぁっと思わずこの世界の神に感謝したほどである。

 御蔭で家族揃って路頭に迷い、異世界に泣き戻りして冒険者をやらずに済んだのである。

 私は幸せモノだな。そんな事を思っていた時だった。


 カランコロン。


 ドアが独特のベルを響かせ新しいお客がやってくる。


「ココだって聞いたけど、お、いたいた」


「うわー。唯野さん凄い素敵な喫茶店ですね」


「おーっ」


「突然団体で押し掛けたけど、丁度良かったかしら? ……もしかして閑古鳥鳴いてた?」


 ぽかんと見つめる忠志たちを見て、新たな来客達が不安げに告げる。


「な、なんで……なんで?」


「隆弘ー遊びに来たよー」


「み、ミズイーリちゃん!?」


 咄嗟に我に返ったのは隆弘が一番だった。抱きついて来たミズイーリをなんとか抱きとめ、驚きを見せる。


「ああ、そうか。手に入れたんですね、翼を」


 納得できた。

 彼らもこの世界へ来れるようになったのだ。


「いらっしゃいリエラさんたち。歓迎致します」


 代表者に声を掛ける。

 亜麻色の少女はにこやかに微笑み、「はい」と元気よく答えるのだった。

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