表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
最終話 その彼の名を誰も知らない
1381/1818

エピローグ ~ 丘の上で待つ少女 ~

 この世界は僕を恨んでいるんじゃないだろうか?

 そう思えるほどに、今の自分は惨めだった。

 だってそうだろう。折角戻ってきたのに、これじゃ意味がない。


 足が動かない。

 腕が動かない。

 身体が動かない。


 折角負けないで生きると決めたものの、一週間もしないうちに戻ってきたことを後悔している僕が居た。

 何しろ下の世話を母にされているのだ。

 小は尿瓶で大は……あえて何も聞かないでほしい。

 それだけじゃない。食事は腕に突き刺された管から取らされ、口には呼吸器。

 この呼吸器は外れた瞬間僕が死ぬらしい。


 既にこの身体は死に瀕していた。

 少しのミスで簡単に死ぬ身体だ。

 あるいは病院の電気が消えた瞬間にでも永眠してしまう儚い命。


 できるならば、動きたい。

 できるならば、喋りたい。

 できるならば、自分で呼吸がしたい。


 涙が流れる。

 待機していた母が慌てて立ち上がる。

 別に母を呼ぼうとしている訳ではないのだが、母は僕にとても優しかった。


 きっと、自分のせいだと思っているんだろう。

 確かに、生まれて来なければ良かったと言われたのも一因だ。でも、ただの一因だったんだ。

 ああ、こんなに生きるのが辛いのに、僕は何故生きているんだろう。

 いや、違う。生きるんだ。生きなきゃいけないんだ。

 リエラ達は命がけで自分たちの生存を勝ちとろうとしてるのに、僕だけが諦める訳に、いかないじゃないか。


 必死に身体に呼びかける。

 少しでも回復出来るように、動かない場所を動かそうと必死に指令を送る。

 何度も、何度もやってみた。けれど全身動く気配がない。

 命令が伝わるべき背骨が死んでいるんだ。だから末端へ指令が届かない。

 脳が生きているだけでも奇跡。そう医者に言われた。


「お母さん、ちょっとトイレに行ってくるわね?」


 母が去っていく。

 下の世話はつい先ほどされた後なので、僕はただずっと白い天井を見つめておくだけだ。

 そう言えば、母はずっとここに居るけど、仕事はどうしたんだろうか? お金は大丈夫なんだろうか?

 尋ねてみたい。でも、その声すら、僕は出せる状態じゃないらしい。

 声帯が潰れているのか、顎が破壊されているのか、あるいはその両方かもしれない。顎、動かないし。


 カラリ


 不意に、スライド式のドアが開く。

 誰だろう? 天井から視線をドアに向ける。

 ドアからひょこっと緑色の顔が現れる。ぴょこぴょこと双葉が揺れていた。


 濃い緑の髪の、見たことのある少女。

 緑の肌に白いワンピース。ひまわりみたいな笑顔の少女は、僕を見付けるとカラカラとドアを開いてピヨピヨ音を鳴らしてやってくる。


 ピヨピヨシューズ。それは彼女がババァたちから貰った靴。

 白いワンピース。それは皆で買った彼女への贈り物。

 揺れる双葉。それは、僕が初めて出会った彼女の姿。


 アル……セ?

 アルセにしか見えない彼女はベッドにやってくると、必死によじ登る。

 うんしょうんしょとベッドに乗って来た少女。

 小さな少女の重みが身体に加わる。


 幻、じゃない?

 ここに、アルセが居る?

 そんなバカな?


「おっ」


 僕の身体に馬乗りになり、よっすと手を上げるアルセらしき少女。

 突然の出来事に驚く僕の呼吸器を邪魔っとばかりに引っぺがす。

 ま、待って、それを取られたら僕は……っ


 そしてアルセは思い切り自分の舌を噛む。あいたっと痛そうにして、口の中血塗れで……

 呼吸が出来なくなった僕は即座に呼吸困難に陥る。

 死ぬ、アルセに、殺され……


 血を口から零しながらアルセは僕の顔を固定する。

 これ以上何をするつもり? そう思った僕の口に、アルセは迷わずキスをした。

 あ、違う、これ、キスなんて生易しいものじゃ……んぐっ


 初めてのキスは……血の味がした。


「ちょっとアルセッ!」


 慌てて僕はアルセを引き離す。


「いきなり何するんだよアル……セ?」


 あ……れ……?

 自分の体に視線を落とす。

 アルセを離し、自分の手を視界に持って来る。


「ぁ……動……く?」


 両手が視界の中にあった。

 僕は上半身を起こし、目の前に手を持って来れていた。


「アルセ……これって……」


 血が零れる口のまま、アルセはにこりと笑みを浮かべた。

 そうか、そうだ。アルセの血は、あらゆる傷を直す万病に効く薬。

 こっちの世界でも、通用、する?


「透明人間……さん?」


 不意に、聞き覚えのある声が聞こえた。

 ドアに視線を向ければ、少し緊張したように、亜麻色の髪を持つ少女が立っていた。


「リエ……ラ?」


「はい……はいっリエラですっ」


 涙を流し、少女は叫ぶ。

 ああ、なんだこの奇跡?

 アルセ、君はこんな離れた異世界にまで、リエラを連れて来てくれたのか?


 アルセを抱え、僕はベッドを降りる。腕に刺さっていた針を抜き立ち上がる。

 久しぶりに、自分の足で立つ。

 ああ、立てる。立てるよアルセ。歩けるよリエラ。


 自分の足で歩く、自分の腕でアルセを抱き上げる、自分の口で、呼吸が出来る。

 生きている。僕は、僕は生きてる。

 リエラの前まで歩くと、リエラも僕の前で見上げて来た。


「ちょっとエロバグ、こっちにもいるんだけど」


「……え?」


 ドアが完全に開かれる。

 ゴシックロリータなアカネを筆頭に、パルティが、テッテが、ペンネが、少し変わってるみたいだがリフィまで来てる。

 カインとネッテも来たのか。

 アメリスとミルクティが居るのは何故だろう?

 それに……


「ル――――ッ」


 我慢できないっとばかりにルクルが飛び付いて来る。

 ちょっとよろけたけど、なんとか受け止める。


「ふーん。あんたそんな顔だったのね」


「冴えなくて悪いね」


「そんなことないです。透明人間さん。ほら、行きましょう、アルセが待ってます」


「え? アルセって、この子は違うの?」


「それはアルセの端末体というそうで。アルセの使える能力が使えるんです。この世界に居た勇者さんの髪から転移魔法を手に入れたらしくて。ほら、行きましょう」


 リエラが手を引いて僕を連れ出す。

 狭苦しい病院のベッドから、光差す場所へ……


「そう言えば、透明人間さんの名前、まだ聞いてないです」


「そうだったねリエラ。僕の名前は……――」


「待ってっ!」


 廊下に出て皆に挨拶をしていると、母さんが戻ってきた。

 歩いている僕を見て呆然として、リエラに手を引かれる僕を見て慌てて叫ぶ。


「母、さん……」


「どこに、行くの……」


 聞きたいことは沢山あっただろう。話したいことは沢山あっただろう。

 それでも出て来たのは一言だけだった。

 母にはもう、僕しか縋れるものがないのだ。

 このままこの世界に残されれば母は……


「一人に、しないで? 私は、もうあなたがいないと……」


「母さん……一緒に、行く?」


 だから、僕は手を差し出す。

 よろめきながら、母さんは近づいて、僕の手を取った。

 光が溢れる。

 アルセの端末体が両手をうんしょーいと天に突き上げ、その魔法を発動させたのだ。




 丘の上にその樹はあった。

 大きな大きなアルセの樹。

 天高く聳え立つその樹の側に、ひっそりと佇む一つのピアノ。


 黒いグランドピアノは弾き手を無くし、ただただその場にあるだけだ。

 グランドピアノのすぐ側に、ワンピースに麦わら帽子、身に付けた少女は静かに佇む。

 その少女はアルセの樹を見上げて待っていた。


 風そよぐ丘の上で、たった一人。

 いつか出会えるだろう遥か遠くに旅立った名も知らぬ誰かを待って。

 不意に、強い風が吹く。


「アルセ――――ッ」


 だから、僕は叫ぶんだ。

 だから、僕は駆けるんだ。

 例え自分の名前を知られて無くたって、彼女達と過ごした時間は確かなモノだから。


 風に乗って、麦わら帽子が飛んで行く。

 さらり流れる緑の髪。

 振り向く彼女は、ヒマワリみたいに笑みを浮かべた――

これにて本編は終了です。長らくご愛読ありがとうございました m(__)m感謝

この後は短編をいくつか書くかもですが未定です。

明日からは異世界兎転物を書いて行く予定です。題名は兎之巣ラビット・ネスト~これより先、種馬兎出没注意~気が向きましたら見に来てやってください(^o^)ノシ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ