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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
最終話 その彼の名を誰も知らない
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後日談・アルセの実

 カインとネッテはその女性と共にアルセの大樹へと向かっていた。

 というよりは、リエラと出会うためである。

 リエラはあの日からずっと、毎日そこに通っていた。


 大抵の日が朝から晩まで。食事を持って、あるいは一度街に買いに戻って。

 毎日、毎日その丘で過ごしていた。

 時に大樹に背もたれ休み、時にピアノの前に座り、あるいは大樹をただ見上げ。


 本日も、音色が風に乗って聞こえていた。

 大樹の根元で、リエラは今日もピアノを弾いていた。

 もう何度も弾いているからだろう、随分と上手くなったものだ。

 それこそ、名も知らぬ誰かが弾いていた時よりも、弾き手の感情が伝わってくる気すらする。


 大樹の根元にはリエラ以外も何人かいた。

 ルクル、テッテ、リフィ、パルティ、パルティの膝に乗せられたペンネ。

 アカネにアメリス、ミルクティまで来ている。

 皆、消えてしまった透明人間に少なからぬ好意を持っていた女性たちらしい。

 きっと彼が居れば、取り合いになっていたライバルたちは、彼が居なくなってしまった事で争いになることはなく、ただただここに集まる仲間になっていた。


 何をするでもなく大樹に背もたれ、リエラの弾くピアノの曲に耳を澄ましている。

 カインも、ネッテも、そんな皆の元へと歩み寄る。

 リエラはカイン達が来た事にも気付いてないようだ。

 既に眼を閉じても弾けるくらいになっているようで、脳内で曲を思い浮かべながら弾いている。


 曲が一区切りしそうになると冒頭に戻る。

 永遠終わりそうにないのでカインは頭を掻いてネッテを見る。

 苦笑するネッテが頷くと、カインは溜息を吐いてリエラの隣に近づいた。


「おい、リエラ」


「……、あ。カインさん?」


 不意に、旋律が途切れる。

 耳を澄ましていた皆が眼を開き、リエラに視線を向ける。

 何があったのかと不思議がり、カインを見てああと納得する。


「何よカインさん、邪魔しないでくれない」


「うるせーパルティ」


「カインさん、私、ピアノ上手くなりました」


 パルティの不満に返答していたカイン。呟くようなリエラの声に「お、おぅ?」と生返事を返してしまう。


「ピアノ、上手くなったんです」


「そ、そうだな。それが、どうした?」


「ピアノなんかどうでもいいのにっ、私にはもう、コレを弾くくらいしかあの人との繋がりがなくて、私……」


 カインは無言で話を聞き、まいったなぁと頭を掻く。


「それなんだがなリエラ。ちぃっとこいつの話を聞いちゃくれねぇか?」


「……こいつ?」


 気落ちしたリエラはゆっくりと顔を上げる。

 そこには麦わら帽子に白いワンピース、緑の肌の女性がいた。

 麦わら帽子を目深にかぶり、彼女の表情は見えない。


「誰です?」


「あー、それが……」


「リエラは……あの人に会いたいの?」


 不意にその女が話したことに気付いたリエラだが、やはり彼女に覚えはない。ただ、声音はなんとなく聞き覚えがある気がしなくもない。

 懐かしいような、嬉しいような、そんな声。


「会いたいわよ。でも、私にはあの人に会える翼も何も無い……アルセなら手に入れたかもしれないけど、私には……」


「じゃあ、私があげる」


「ふざけないでください。大体貴女は誰なんですか、さっきから馴れ馴れしいし……」


 立ち上がるリエラに女はクスリ、笑みを浮かべて上を指出す。


「神様にもいろいろ制約があるらしくって、私自身はまだ向かうことはできないけれど、翼は既に手に入れた。赤い髪の勇者さんから、私は翼を貰ったの」


 意味が分からない。けれど、なぜか涙が溢れる。

 目の前に居る人物はリエラにとって掛替えのない存在だと気付いてしまったから。

 ありえない筈の人物。でも、この世界に、降りてくる可能性のある人物。


「だからリエラ。私の代わりに、アルセを連れて行って。私じゃない私の実を、私の代わりに、あの人の元へ」


「貴女の代わりに? アルセはいないわ。大樹になったのよ? だから、だから……」


 すっと、彼女は手を上げる。真上を指差すその姿に、リエラはごくり、喉を鳴らす。


「アルセはいるわ。私の実は既に無数にできている。だから、その一つでいい、あの人の元へ、寄り代を」


 寄り代? 何を? リエラはゆっくりと視線を上げる。

 彼女の指差すその先を、皆がゆっくりと見上げる。


 おー。


 それは確かに聞こえた。

 気のせいか? カインが眼をこすって上を見る。

 アルセの大樹にそれはいた。

 否、居たのではない、アルセの大樹に、彼らは実っていた。


「おー」×1000000000


 そう、アルセの大樹に、無数のアルセイデスがぶら下がっていた。

 彼らはリエラ達が気付いたのに気付き、手を振ってにこやかに微笑む。

 開いた口が塞がらず、数千、数万におよぶアルセの実に、リエラ達は呆然とするしかなかった。


「行って来てリエラ」


 ぷちんっと落下して来た一体のアルセ。双葉が頭に生えたアルセイデスに似ているが、それはアルセという新たな種族の端末体。

 落下して来たアルセっぽい生物を受け取った緑の肌の女性は、笑みを浮かべてリエラにアルセの実を手渡すのだった。

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