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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
最終話 その彼の名を誰も知らない
1379/1818

後日談・各地

 その日、とある小さな農村で、しめやかな結婚式が行われていた。

 新郎はバルスという名の少年で、よく泣き虫バルスと周囲に遊ばれていた人物だ。

 久々に戻ってきたバルスはなんだか頼りがいのありそうな好青年に変わっていた。

 まだあどけない顔立ちながらも、しっかりと未来を見据えた瞳は娘を託すにふさわしい、と新婦の父親が納得したほどだ。


 新婦であるユイアは乙女になった。

 ガサツでバルスを引っ張っていく幼馴染だったのだが、本日、花嫁衣装を着た彼女はとても綺麗で、今更ながらバルスにはもったいないと同い年の男達が悔しがる姿が散見された。


 悔しいがお似合いのカップルだ。

 皆が祝福する。

 アルセ姫護衛騎士団の面々には伝えなかった。


 伝えればきっと、リエラ達が気を利かしただろうから。

 大切な人と別れざるをえなかったらしいリエラたちに自分たちの祝福をさせるのは酷な気がしたから、二人とも黙って里帰りするとだけ告げたのだ。

 次に会う時は子供でも作って、三人で会いに行くことになるだろう。それまでは村で、慎ましやかに過ごすつもりである。


 ユイアが嬉しくて泣きだし、涙を人差し指で拭きとりながら微笑む。

 そんな幸せそうな笑みを見ながら、バルスはこの人を一生大切にしよう。そう、心に固く誓うのだった。




「御用だ!?」


 何者だ? その村にやって来たリパルツォは、にこやかに答える。

 どこの島国かは分からないが、リパルツォは偽人しか居ない村へと布教に来ていた。

 既に銀色ではなくなった彼だが、罪を許されたとしても信仰の為ならば何処へだろうと向かう気概だ。

 ここには丁度おいどんは自分の道を行くでゴワスの群れが向かっていたので彼らに同乗させてもらったのである。


 力士に跨り海を越える宣教師は、ついにこの離れ島にまで布教に現れたのだった。

 力士たちは村を避けて張り手をしながら去っていき、既に島から居なくなっている。

 後はカモメか何かに連れて帰って貰えばいいのである。


「滞在を希望します。しばし布教の自由を」


「御用だ!」


 布教ってなんだ!? 怪しい奴め!

 叫ぶうっかり御用だに、リパルツォは困った顔をする。

 彼にまずは布教すべきか、覚悟を決めようとした瞬間だった。


「のじゃ?」


 マホに乗ってやってきたのじゃ姫とワンバーカイザーが後ろからやって来た。


「おや、アルセ姫護衛騎士団の」


「のじゃ」


 誰なのじゃ? 小首を傾げるのじゃ姫。ワンバーカイザーも知らない人に出会ったような様子だが、相手の親しげな様子から何かしらの知り合いだろうと当りを付ける。


「実は……」


 グーレイ教宣教師として来た事を告げると、ワンバーカイザーは快く快諾する。

 アルセへの償いという言葉が良かったのかもしれない。

 

 そしてリパルツォは偽人たちにグーレイとアルセの素晴らしさを伝えるため、必死の宣教活動開始する。

 団子をかじりながら聞かれたり、話の最中毒ガスのような臭いの一撃を喰らったりしたが、それでも負けずに宣教活動を行った。

 御蔭で無数の信者を獲得でき、さらに教会を作る許可も貰ったのだが、今度は金が枯渇したりなどでしばしの滞在を余儀なくされた。




 マイネフラン郊外の一軒家。それは日本家屋とでも呼べばいいロックスメイアの職人により造られた屋敷だった。

 マイネフラン近郊にあるメライトス森林で新日本帝国軍が掘ったらしい地下ダンジョン直通路が再び開かないように、その周辺の管理と監視を任されたのだ。


 実質を言えばしばしの休暇を与えられたとも言うが、今までの激戦からすれば長閑過ぎる風景に、ケンジはぼぉーっと庭園を眺めていた。

 縁側に座り胡坐をかいて庭を見つめる。

 別段何もすることはなく、考えることすら放棄してしばしの休暇を過ごしていた。


「ダーリン、お茶はいったでありますよ」


 ケンジだけでなくシャロン、カミュもここに居る。

 シャロンがお茶が三つ入ったお盆を持ってやってくると、隣に座る。

 遅れ、茶菓子を持って来たカミュが逆隣りへと座った。


「久しぶりの休暇ですね」


「むっふー、子づくり期間でありますな」


「あー、まぁ、向こうよりゃ充実してるし、いいかぁ」


「「??」」


 溜息を吐いて二人を自分に引き寄せるケンジ。

 影でしかなかった男は隠居生活を手に入れた。

 といってもまた声はかかるだろう。


 他にも影兵がいるとはいえ、優秀さで言えばケンジはトップクラスだ。

 カインとしても手放す気はまだないので、今はとりあえずの長期休暇にしているが、再び仕事を頼む気はしっかりとあった。


「でも、なぜ貰った屋敷がロックスメイア風なのでしょう?」


「ケンジが好きだからであります、たぶん」


「好きっつーかな、懐かしいんだわ。ああ、この世界に来てから、こんなゆったりした日なんてなかったなぁ。向こうじゃただの飲んだくれだったしな……」


「向こう?」


「昔話でありますか? 聞きたいです」


「俺の昔話なんざ面白くも何ともねーぞ。まぁ、いいか。信じるかどうかは知らんがな、この世界とは別の世界ってのがあってな。そこに地球っつー星があったんだ――」


 昼下がりの午後、異世界で出来た二人の妻に、ケンジは懐かしき世界の話を語って聞かせる。きっと信じはしないだろう。きっと理解はできないだろう。それでも秘密をケンジは語る。

 今日はただそんな気分だった。長閑な日々に、ふと魔が差した、それだけの話である。

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