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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
最終話 その彼の名を誰も知らない
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後日談・ドドスコイ、唯野ファミリー

 ドドスコイ王国、第四王子墓前を前に、ハリッテとギョージはどかりと座り、静かに酒を酌み交わしていた。

 既に唯野一家は元の世界へと送還され、笑顔と涙で別れを行った後。

 二人とも妻との宴を控えつつも、やはり最初は兄弟で行うべきだろうと、二人してここにやってきたのだ。


「勝っちまったな」


「ああ。本当に、今回は生きた心地はしなかった。だが、国民も守れた。俺達も誰一人欠けてない。見ててくれジューリョ。ここからだ」


「ああ。ここからだ。俺とハリッテのアニキとで」


「ついでにセキトリの助力もあるかもしれんぞ?」


「くくっ。そうだな。俺達四人で国を築く」


「ドドスコイの未来に」


「「乾杯」」


 二人はグラスを静かに鳴らした。




「沙織ー。本当にどこ行ってたのー?」


 唯野沙織は久々の学校生活を満喫していた。

 異世界生活から日常へ。

 地球に戻った家族は、それぞれ非日常から日常へと戻って行った。

 学生である沙織と隆弘は学校だ。

 二人とも少し今までとは違った気持で教室に顔を出した。


 久々だったせいか皆から心配の声を貰い、詳細を話せない沙織は苦笑いでコレに答える。

 はぐらかすせいで興味を覚えた級友たちが何してたのか聞いて来るが、蔭では家出していたんだとか、援交相手の家に転がり込んでいたとか、根も葉もない噂が聞こえてくる。

 あえて聞かなかったことにして適当にかわしつつ一日を終える。

 どうせしばらくしたら皆忘れるのだ。放置しておけばいい。

 早めに日常に溶け込み、いい男を見つける。そう、ギョージよりも優しくて頼りになるお父さんみたいな男を見つけるのだ。




「ああ? もういっぺん言ってみろ!」


 失敗面の怒声が響く。

 面倒臭そうな顔で叫ばれた相手、唯野隆弘は溜息を吐く。

 威嚇してくるが正直怖さを感じない。

 本当の恐怖と殺意を知ってしまった彼にとって、同学年の恫喝など恐れるモノではないのである。

 今まで、自分はなんでこんな相手にびくついていたのだろう。

 イジメを受けて、父さんのせいだなんて逆恨みして。


「ほんと、バカみたいだ」


「ンだと!?」


 殴りかかって来た少年の拳を真正面から頭突きで受け止める。

 あの鋼鉄の勇者には及びもしない一撃は、痛くはあるが立てなくなるほどじゃない。

 それよりも相手の一番硬い場所を拳で殴った彼の方が悲鳴を上げてのたうちまわり始めた。


「ほんと、バカみたいだ」


 騒ぎを聞き付けた教師が駆け付けてくるまで、ゲームをしながら待つ隆弘だった。




「唯野君、いままでどこに行ってたんだねッ!!」


 唯野忠志が会社に顔を出すと、見つけた上司が怒り顔で立ち上がる。

 ずかずかと近づいて来たバーコードの上司が唾を飛ばしながら叫ぶが、忠志はそれを冷めた目で見つめるだけだった。


「全く、君は仕事を何だと思ってるんだッ。何の連絡もなく休んでいいと思ってるのかねっ。皆の迷惑とか考えなかったのかッ。正直仕事のできない君をわざわざここに置いてやっているというのに、何を考えてるんだねッ。これでは個室行きも視野に入れざるをえないよッ」


「こちらをどうぞ」


「なんだね?」


 激昂する上司に辞職願を懐から取り出し押しつける。

 何が書かれているのか理解してきょとんとする上司に踵を返し、忠志は会社を後にする。


「ま、待ちたまえッ! こ、これはどういうことだっ!?」


「文字通り、退職するんですよ。すでに社長に同じモノを届けて許可は頂いております」


「は? しゃ、社長!?」


「ではさようなら。今までお世話になりました課長」


 呆然とする上司に別れを告げて、ブラック企業を後にする。

 もう、お金は貰えない。

 だけど、もう、会社の歯車として己の全てを擦り減らす必要はない。


 なぜだろう。もう会社に出なくていいと思うだけで身体に羽が生えたように軽い気持ちになるのは?

 本日はそのままレストランで昼食を取り、ハローワークで自営業の相談をして、初めて適当な店をウインドウショッピングしていく。


 そして夕方。

 駅の改札を抜けた忠志は、どこか自信に満ち溢れた姿で颯爽と帰宅する。

 周囲の人々に紛れそうで紛れない。覇気の無い人々の群れの中、一人、覇道を歩むが如く。


「「父さんっ」」


 背中に、愛すべき家族の声。

 丁度学校帰りの沙織が友達と別れ、駆け寄ってくる。

 逆の方角から、隆弘もまた、父の背中を見つけて走り出す。


「今帰り?」


「ああ。会社を止めて来たよ」


「本当に止めたんだ。大丈夫なの? まぁダメでも向こうに行けばいいだけだけどさ」


「やって見せるさ。手伝ってくれるか? 沙織、隆弘?」


「「当然!」」


 家に向かう道の先、夕焼け空に彩られ、一人の女が待っていた。

 家の前で家族の帰りを。

 もう一度、家族でやり直す、その為に。


「お帰りなさい、あなた」


「ああ。ただいま、静代」


 唯野家の新たな日常が、始まろうとしていた。

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