えぴろぉぐ?・その冒険から帰還した者を誰も知らない
ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン……
音が聞こえた。
懐かしい音だ。
遠くから無数の音がする。
電車の通過音。
車が走る音。
人々の喧騒。
全て懐かしい音だ。
もう二度と聞くはずのない音だ。
ありえない。だって僕は……死んだ筈だ。
神様に駆除された筈だ。
魂しか残ってないから、世界には居続けられないって、言われた筈だ。
なのに……意識がある。
音が聞こえる。
もしかして、僕は、生きているのか?
音が少しずつ鮮明になって行く。
懐かしい。とても懐かしい。
けど、なぜ?
「正直な話、こういうことを告げたくはありませんが……脳死判定をしてしまった方がいいかもしれませんよ」
不意に、不穏な声が耳に届いた。
「嫌ですッ。それは嫌ッ。私からあの子まで取らないでッ」
縋りつくような女性の声。
ああ、懐かしい。
もう二度と聞くことは無いと思っていたのに……母さん。
最後に聞いた彼女の声は、今でも耳に残っている。
あんたなんて、生まれて来なければ……そんな言葉を覚えていたくもなかった。
「ですが、もう半年もあのままです。目覚める気配もなく、目覚めても動くことは不可能。一生病室のベッドから動けません。その一生を、息子さんに強要させるのですか?」
「それは……」
お、おいおい、待ってくれ。
僕は生きてる。ここで生きてるよ。
ああくそ、折角戻ってきたのに、今なら死のうなんて思わないのに。
皆の為にも、僕の為にも、必死に生きようって、思えているのに。
何故だろう。僕の体は、言うことを聞いてくれない。
動きたい。今直ぐに立ち上がって、僕は大丈夫だって教えたい。
今直ぐ口を動かし僕は大丈夫だって告げたい。
なのに、僕の体は声すら出せない。
くやしいな。
そうだった。
僕の体は、既に終わっていたのだ。
自殺を敢行した僕は、一命を取り留めた。
でも、一命だけだ。留まったのは。
身体は既に生きるに適したモノではなくなっていた。
眼を開く。
張り付いた瞼をなんとか引き離す。
この位はできるらしい。
「……え?」
「……な!?」
「み、見て、眼を、眼を開けたわッ!」
クソ、眼は開いたみたいだけど、視界がぼやけてる。
片目は完全に見えない。
自分がどうなっているのすら分からない。
「意識を、回復したのか、あの状況から……?」
「ごめんなさいっ。お母さん、あんなこと言うつもりはなかったのっ。居なくならないでっ」
母親が近づいてくる。
相変わらずぼやけた視界では女性らしき存在が近づいてくる姿しか見えない。
ああ、これは罰だ。
自身の命を粗末に扱った僕に対する、罰だ。
僕はこれから、動くことのない身体で一生を過ごさなければならないのだ。
だから、アルセ、リエラ、パルティ、ルクル……
僕は、生きるよ。生きてるって言えるかどうか分からないけど、一生寝たきりかもしれないけれど、僕は、この世界で……精一杯生きて行こうと、思うんだ。
もちろん、努力はするよ。
動けるように、少しづつ、無理しない程度に。
だから、異世界で努力する僕を、見守っててほしいな。
もう二度と、出会えることは叶わない異世界の仲間たち。
一度も会話すら出来なかったけど、僕を仲間と認めてくれていた皆に笑われないように、僕は僕の世界で、このままならない状態で、必死に生きることを、決めたんだ。
――――がんばるよ、みんな。




