その旋律がどこまで届くのかを誰も知らない
世界に旋律が満ちる。
唯野忠志は地面に力無く座り込みながら、儚き旋律を耳に空を見上げていた。
戦争が終わった。誰に言われずともそれが理解出来た。
「「父さん……っ」」
懐かしい曲だな。と昔を思い出していると、沙織、隆弘が駆け寄ってくる。
抱きつかれ、泣き付かれ、二人の頭を優しく包み込む。
ああ。終わったのだ。
私達は、勝ち取ったのだ。
勝利を、世界を、そして平和を。
「あなた……」
そうだ。勝ちとったのだ。家族の……絆を。
「いいよ。来なさい、静代」
子供たち二人の間に戸惑うように入り込んで来た最愛の妻。
忠志を抱きしめ、初めて、否、昔を思い出し、涙する。
そうだった。自分の愛した人はこの人だったのだと、今更ながらに噛みしめる。
生き残ってくれた、自分たちを守ってくれた大黒柱をしっかと抱きしめる。
命を賭けて自分を守る者を、どうして邪険にしていたのだろう?
これほどまでに愛されているのに、なぜ嫌悪したのだろう?
静代は今、ようやく後悔を覚えていた。
だから、告げる。
「私達……また、やり直せるかしら……?」
「やり直すさ。私が、また初めからやり直す。今の会社は辞めて、新しい道を探すよ。今度はもっと自由が利いてブラック企業ではない場所を」
「だったら……一緒に喫茶店とか、始めてみる?」
くすり、泣き笑いながら冗談を言う。
忠志も泣き笑いながら、それもいいかもな。と優しげに静代を抱きしめるのだった。
ドドスコイ王城前に、その二人は居た。
兎から人へと戻ったルーシャと不安げに待ち望むミズイーリ。
その二人の前から、二人の男がやってくる。
肩を借り歩くサーロと、くたびれた彼に肩を貸す、オーゼキ。
父の無事な姿を見て、ミズイーリは口を両手で覆い隠して涙を流す。
約束は守られた。もう二度と、出会えないと思っていた父が目の前に居る。
サーロは彼女の父親を、彼女の元へ連れ帰って来てくれた。
実際はサーロの方が連れ帰られたともいえるが。
サーロが親指を立て、約束を守ったことをミズイーリに伝えてみせた。
ミズイーリの姿を見つけたサーロはここまででいい。とオーゼキの背中を押す。
その場に座り込み、疲れたぁーっと空を見上げるサーロに押され、前に出たオーゼキの元へ、ミズイーリは駆けだした。
少女の涙が風に零れる。
「お父さんっ。お父ざ――――んっ」
「ミズイーリッ」
両手を開き、飛び込むミズイーリを受け止める。
衝撃を殺しきれずに座り込んだオーゼキに、ミズイーリは咽び泣き抱きしめる。
無言でサーロを立ちあがらせたルーシャは、愛しい彼氏の偉業に微笑を零し、静かに親子の元から立ち去るのだった。
優しく哀しげな旋律が響く。
ユグドラシルの樹の上で、その旋律をヴィゾフニールも聞いていた。
すぐ側には親を失った卵が一つ。
旋律に揺さぶられるように揺れている。
「逝ってしまったな。全く……我に子供だけ押しつけるとは罪な女だ」
少し哀しげに、ヴィゾフニールは一声鳴いた。
刹那、ピシリ、卵にひびが入る。
「もう生まれるのか? そうか。先程のバグが影響を?」
パキリ、殻を破り、その幼き鳥が産声を上げる。
「あ―よく寝た。あら、ヴィゾフニール。なんでここに?」
「……は?」
「艦長、見なさいな、ヴィゾフニールがここに居るわ」
「ミャー? おお、本当だヴィゾフニールが……大きくないか?」
おい、オイ待て……
卵は双子だったようだ。しかも普通に言葉を喋っている。
ピンクの幼生体は旧知の仲のように隣の灰色の幼生体に語りかける。
そして互いに姿を視合い、小首を傾げる。
「あら? 私、アルセの為に突撃したはず……」
「共に爆散したはずだが……」
疑問を浮かべ、答えをくれそうなヴィゾフニールへと視線を向ける。
ヴィゾフニールは泣いた。歓喜に鳴いた。意味が分からず啼いた。
エアークラフトピーサン、そしてウミネッコ艦長はエアークラフトピーサンとヴィゾフニールの双子の子供として無事、転生を果たしたのであった。当然、バグである。
そして世界の果ての果て、女は一人赤茶けた大地に佇み旋律を聞く。
その背後に、ローブに身を隠した誰かが宙空より現れた。
「どうしてくれるんですか我が神様」
「上手く行きました。貴女の御蔭ですよメリエ」
メリエ・マルゲリッタは溜息を吐く。
アンブロシアを食べてより、脳内に響き始めた神の声。それがこの女、カチョカチュアと名乗る人物の声だった。
声に従い、様々な下準備を行った。
本当ならばカインと共に歩み、側室の二人目にでもなっていたのだろうが、人生はこの神のせいで完全に狂ったと言っていい。
「私、もうカイン様の妻にはなれそうにありませんよ?」
「この世界にもいられなさそうですねぇ。付いてきますか?」
「初めからそのつもりでしょうに。でも……コレで終わり、じゃないんでしょう?」
「さぁ、どうかしら」
「貴女はバッドエンドよりハッピーエンドがお好きだものね」
メリエの言葉に、カチョカチュアは答えない。
ただ、その口元がかすかに笑みに変わった。




